短編小説(2庫目)

 それなら■はそのことを忘れてしまったのだろうか。

 俺は積んだ、積んで積んで積んだ。
 おかしかった、塔は崩れていた。だから幻影の塔を積んだ、積んだ。
 高さは上がらない。幻影の塔も現実の塔と同じ、積めばすぐに崩れてしまう。素材は劣化し、触る側から崩れていく、それでも積んだ。
 ■■の■■を忘れるために積んだ、ただ積んだ。
 それだけがそこから逃れる手段だったから、そうだろうか。
 わからない。外から見ると本当に狂ってしまうから。だから俺は自分を「自分」の位置から、そして、俺の中の妄想の「世間」の位置からしか見ることができない。視野の狭い過集中か、マイナスに狂った過剰な責めかのどちらかしか。
 そんな自分を不幸と言うなら不幸なのだろう。好きでやっているわけでもないし。
 そもそもこんな塔を積んでいること自体が妙なのだ。なぜ積む? 何のために?
 逃れるために、それは先ほど言ったはず。
 だが世間はそれを許さないのだ。
 ■は?
 ■は何でも良いと言うだろう。そして、全てを忘却するだろう。
 それは遠い。遠く霞んで見えなくなった、そして俺の中では死んだことになった。
 本当は死んでいないことを知っている。どこか遠くで生きているのだと。しかしそれを認めてしまうと■■したくなってしまうから、■■? いや違う。俺はおそらくこの塔の、劣化した素材が劣化した「原因」のことを……忘れているそいつ、■のことが……理不尽だ、と。
 そう思っているのかも。
 ■は。
 本当に忘れたのだろうか。
 それとも■は俺のそれをお涙頂戴の「物語」にしてしまったのか。
 どうでもいい、とは言えなかった。
 まやかしの怒りを募らせたって何にもならない。そもそもそれが怒りなのかどうかさえ俺にはわからない。よくわからないのだ。何せ先例がない。本当にないわけではない、見つからないのだ。
 隠れているから。
 隠れて、みんな、社会の舞台から消えてゆく。
 塔を積んで。自己を破壊して。身体を壊して。
 よくわからないのだ。俺は、俺自身がこれからどうなるかさえわからない。
 どうでもいい、自分のことなんてどうでもいいのだ。
 本当にそうか?
 考えれば考えるほどわからなくなって、ほら、塔を積めば忘れられる。だから積まないと。劣化した素材で、塔を。
 ■は本当に忘れたのだろうか。
 うさぎが死んだことを。
 この塔は永遠に完成しないのだろうか。
 世界はずっと滅んだままなのだろうか。
 そんなことを考えながら、積んだ塔を見る。
 劣化した素材の砕ける音がした。
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