短編小説(2庫目)

 抑圧。抑えつけること。
 重力が増したような気がする。身体が動かない気がする。気がするだけ。
 本当に?
 何が真実で何が真実でないのかますますわからなくなってきた、世界が滅んでから。
 世界が滅ぶと俺は俺一人になって、そうだ、だから外がわからなくなって、比較する者がいなくなって、何もわからなくなった。
 ぐるぐると回る蝶を一人で見つめていてもそれが幻覚かどうか指摘する者はいないし、水滴が外側に流れ続ける青を見ていてもそれが幻かどうか指摘する者はいない。
 まあいいんだ。誰に指摘されなくとも俺のこれは俺にとっては真実なのだし。
 で、誰からも反駁されずに通ってしまうこの状況が異常なのはまあ、世界が滅んだからで。
 どうでもいい、本当にどうでもいいんだが、このまま俺も終わらざるを得ないという事実もまた俺にとっては真実であって。
 地球を占拠したのが何であるのかは知らない。姿が見えないから。
 どうでもいい、と繰り返させる、その手法によって人類は滅びたのかも。
 生物はいるのだろうか。
 そんなことを気にして外に出たらきっとやられるのだ。何かに。大きな何か。半透明で、ゼリー状の。
 それは一体何なのだろうか。
 俺自身なのだろうか。
 何を考えても「真実」になってしまう、俺しかいないから。俺しかいないから、俺の考えたことは全て真実で。
 それは理想か? それとも絶望だろうか。
 誰かは羨む状況であった、おそらくはそうだろう。だが俺は当事者なので羨むも何もない。残念ながら。
 雨が降っている。外に出ることはできない。
 世界が凍っていく。それとも融けていくのか。
 出られないからわからない。
 どうでもいい。本当にどうでもいいんだ。俺はこの増したような気がする重力、身体が動かない気がする気のせい、真実、これさえなんとかなればどうでもいい。一人でやっていける。謎なことにライフラインは動いているから。
 おかしいだろ?
 つまりこれは俺が見ている幻覚ってことも……って話は前にもあった? へえ、世界は広いな。
 世界が広いかどうかはどうでもいい? 一人っきりになりさえすれば同一性もアイデンティティもその「一人」という点において完全に確立されるから完璧?
 わからない。わからないんだ。何が真実かわからなくなったって言った、それは今この回している思考そのものについてもそうで、
 凍り付いてゆく。
 思考が、身体が、鈍ってゆく。
 寒いのだろうか。
 わからない。
 世界は滅んだのだろうか。
 わからない。
 ただただ白くなってゆく視界。増してゆく重力。動かない身体。
 そういうものを見ていた。
 半透明のそれを見ていた。
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