短編小説(2庫目)

 眠っていても、起きていても、俺は何かを探している。いくら探したってどうしようもないと何度言い聞かせても変わらない。
 探し物の話をしよう。
 とあるうさぎが死んだのは昔のこと。誰が殺したのかはわからない、ことによると俺、もしかすると■■。
 ■■が誰かはわからないことになっている。
 忘れたことになっているからわからない。思い出してはいけないことになっている。忘れている。そもそもそれは遠くにいる。もう死んでいるかもしれない。わからない。
 考えてはいけない。
 そんなわけでうさぎは死んでいて、俺が探しているものはそれ、たぶん、うさぎが存在した証拠を。
 うさぎは骨一つ残すことなく死んだ。透明なうさぎ、未然のうさぎ。うさぎの姿がどんなものだったのか、俺は知らない。■■も知らない。だがひょっとすると俺は少しだけ知っていたのかもしれない。昔は力があったから。
 どんな力か?
 さあね。失われてしまった力について考えたって仕方がない。だが昔は俺も痛くなかったし、頭もすっきりしていたし、重たい荷物を背負ってもいなかった。
 人間はたぶん生きれば生きるほど重たい荷物を背負う可能性が上がるのだろう。それが生きるってことなのか? ……馬鹿らしいな。俺がそんなことを考えるってこと自体そもそも馬鹿らしい。今しか見えないくせに過去を懐古して何になる?
 懐古してるんじゃない。探しているんだ。
 何を?
 うさぎの証を。
 そんなものあるわけがないのにどうして探しているんだろう。
 どこにもないとわかっているのに探すこと。
 100%見つからないものを探すことは何だ? 無駄か? 徒労か? 巷じゃそういうものを「祈り」というらしいが知ってるか?
 俺は知らない。何も知らない。知らないことになっている、普段は。
 蓋を開けたときだけ。己を視認したときだけ明らかになる。けれどもすぐに忘れてしまう、忘却の霧が覆うからだ。
 俺は忘却が怖い。忘れてしまうのが怖い。あのときは確かに覚えていたのに薄れてゆく。けれども忘れたいとも思っている。なぜってそんなこと覚えていても仕方がないからだ。
 相反する二つの気持ちがぶつかりあって今日も不健康やってます。
 当の■■は見つからないし、見つけようと思ってはいけないし、遠いところで元気にやっている。
 元気に?
 不幸であれ。
 それは呪いだ。うさぎに祈りを、■■に呪いを。
 相反する二つの祈祷がぶつかりあって今日も混濁やってます。
 そうだ、俺の思考は混濁している。俺の意識は混濁している。俺の祈りは混濁している。俺の――は混濁している。
 混濁していないものはただ一つ、忘れたい・忘れたくないという気持ち。二つで一つ、アンビヴァレントやってます。
 どうでもいいんだそんなことは。重要なのは今日をどうやり過ごすかってことだけ。
 突然湧いてくる「探そう」という気持ちも忘れたくないという気持ちもそれに反発して湧いてくる忘れたいという気持ちもみんな同じだ。等しくどうでもいい。大事なのはどうやってそれらに押し流されることなく今日を終えて明日を迎えるかということ。
 明日を迎える? そんなことはそう重要ではない、そう、明日があるかどうかは大事ではない。今日この瞬間、今をどう乗り切るかが重要なのだ。
 今この瞬間。
 今この瞬間、俺は探している。探している。探している。
 ほら見ろ。押し流される。
 どうしようもない。
 どうしようもないことについて考えたってどうしようもないのはわかっているはずなのに。
 探したってどこにもないのをわかっているはずなのに。
 ここで忘れて今日寝ても、しばらく経ったらまた思い出す。
 死んだうさぎの生きた証を。
 現実に空いた虚無の穴を。
 見つからないってわかってるのにな。
 だから明日も眠っている。
 探し物の話はそれで終わり。
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