短編小説(2庫目)

 空から大きな板が降ってきて世界を飲み込んでから■日が過ぎた。
 正確な日付は覚えていない。が、大きな板に現在時刻と日付が表示されるので、今日が何日かはわかる。
 ○月×日。ほら、完璧。
 大きな板は金属光沢があって黒い色をしていて、なんだろうな、何もかもを吸い込んでしまいそうな質感をしている。実際に何もかも吸い込んでしまったのだけれど。
 そんなことはいいんだ。
 なぜか俺の周囲のライフラインは止まっていなくて生きているんだが人間は消えた。なので貯蓄していた携帯食料を貪って生きている。もうそろそろなくなる頃なんだが一向に減らない。ひょっとして泉のように携帯食料が湧いてきてるんじゃないか。なんて、まさかね。
 そんなことはどうでもいいんだが、部屋の窓から見えている、大きな黒い板。
 直視し続けると気が狂ってしまいそうだ。カーテンを閉める、それもいいが、板には現在時刻と日付が書いてあるのでそれがなくなると今日が何日かわからなくなる。
 滅んだ世界で日付がなくなったりしたらそれこそ俺はヒトとして駄目になってしまいそうで、ただでさえ日付感覚が皆無なのにそんなところまで駄目になってしまったらどうする。
 滅んだ世界でまでどうしてこんな規範を気にしているのだろう、馬鹿みたいだ。だがその馬鹿みたいなのが俺で、世界が今後ずっとこのままでも俺はこのまま、なのだろうか。
 あまりにも救いがない。たった一人になってまで、自分の中の妄想の「世界」を気にしているなんて。
 ため息を吐く、今度こそカーテンを閉めようとした、けれどもカーテンはもう、なかった。
 そうだ、なかったんだった。消えたんだ。いや、消したのか? 朝は日に当たらないといけない、と俺の中の知らない人間に言われたから、カーテンは外して捨てたんだった。
 夜に闇が黒々覗くのはとても嫌だが、あの大きな板を見つめていれば何もかもどうでもよくなってくるので別にいい。いやよくない。やっぱりカーテンは欲しいし外は嫌いだし太陽も闇もごめんだ。
 布がなかったのでベッドの下に転がっていたいつのものかわからない新聞を取って数枚剥がし、広告欄を部屋側にしてレールに下げた。だがすぐに落ちてきた。
 どうしたものか。
 困ったので、戸棚の奥にあったぼろぼろになったTシャツを下げた。世界がまだ生きていたころ、捨てるのが面倒でしまいこんだのだ。
 そういったものが俺の部屋にはたくさんある。気晴らしにならなくもないので捨てずにいてよかった、いやよくない。そういうものを見ていると過去のいらない記憶が蘇ってきて困る。対人ができなかった古の記憶。
 世界が滅んだのに対人ができないやら何やら言ってる俺はバカなのだろうか。バカに違いない。俺はもう二度と人間と接することなどできないというのに。
 そこまで考えて頭がぐるぐるしてくるのに気付く。考えすぎたんだ。
 いや、物事に考えすぎということはない。いくら考えても奴らには裏の裏の裏があって、真意を見せない暗黙の了解でわかり合うあいつらの本音を読むにはいくら考えたって足りないのだ。
 と、そういうところだ。世界は滅んだんだぞ、俺。どうしてそんなどうでもいいことを気にしているんだ。
 というところで開けっ放しのカーテンの外、黒い板に電光文字が表示される、
『○月□日AM9時、生存者は家の外に出るように』
 誰からのメッセージなんだ? あれが侵略者のものだったとしたら、家の外に出してそれを■す……みたいなことしか思い付かない。
『この世界の今後をマネジメントする大切な話し合いに君も参加したいだろう』
 したくないんですが……だってそれ、せっかく世界が滅んだのに、なんかもう一度回す系のことだろう。俺は嫌だからな。
『…………』
 黒い板は再び元の、時刻と日付を表示した状態に戻ってしまう。
 □日、家の外には出たくない。出てたまるか、そもそも俺はそんな時間に起きられない。
 古着のカーテンを閉め、ベッドに潜る。俺は寝ることにした。



 寝た。寝た。寝た。
 何日寝たのかわからないぐらい寝た。
 夢うつつの中で起きて水を飲んだり携帯食料を囓ったりした気がする。何しろ眠くて、あまりにも眠くて、自分が何をしたのかろくに覚えていない。
 水を飲んだということはライフラインは止まっていないのか、どうでもいいけど。
 しかしそろそろ起きた方がいいのかも。
 ベッドから這い出る。
 古着を少しめくって外を見る、黒い板。
 には、いつもの日付と時刻が表示されていなかった。
 ああ、本当に終わったんだな、と思う。
 この世界がこれからどうなるかは知らない。どうしてライフラインが動いているのかわからないし、そもそもこの建物だって壊れるかもしれないし。
 だがまあそんなことを考えていても仕方がないのだ。
 世界は終わったのだし、日付も時間も気にしなくていい……わからないのだし。
 そんなことを、回していても、頭の中では知らない他人が喋っていて。
『世界が滅んだからといって人間らしい生活をやめてしまう奴は最初からクズだった、非常事態にこそ人間の本質が知れるのだ』
「はいはぁい、わかってますよ……」
 俺はカーテンをまた閉め、ベッドに潜り込んだ。
 滅んだって世界は世界、クソ食らえだ。できれば二度と目覚めたくないが死ぬのは怖い。
 だがまあ本当に、どうでもいいんだ……そう思えたらどんなによかったかと思う、が。
 その話はそれで終わり。
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