短編小説(2庫目)

 夢幻の境はますますぼやけるばかり、終いにはこの机や手や身体までもが夢に呑まれんとする毎日、というか、今がそれだ。
 今。今こそが最も重要な「時」であり、今以上に重要な時はなく、過去も未来も今と比せば重要性を失ってしまう。
 未来の方が今よりも重要、とする一派はある、過去の方が今よりも重要とする一派もあるだろう。その中で今が最も重要とする派閥に俺は属しているというわけだ。
 だが過去も未来も今も等価ではなく、それぞれ非対称な関係性を持っている。その非対称さ加減にしても個々人の中でそれぞれ違うのだからうんざりしてしまう。
 「違う」、違うということは俺にとっては救いであり、また絶望でもあった。「違う」ということが生み出す断絶は俺を夢幻の向こう側にやり、違うということが生み出す救いはまた、俺を現実に留め置く。
 違うということが生み出すものたちは俺を二つに引き裂こうとする。
 どちらも真実であり、裏表であり、だからこそ矛盾が発生する。救いと断絶は争う。それはまるで、あるときは優しくあるときは暴力を振るうある種の人間のようで、ああ、■■があるな、と思う。
 そんなことに気付きたくはなかった。
 夢幻の境はますます曖昧になってゆき、俺が日記をつけるために叩いているキーボードのこのキーすら何かよくわからない触れるだけの布団、そう、掛け布団か何かのように思えてきてしまう。
 俺は掛け布団に向かって手をひらひらとさせているだけなのではないか。目の前のディスプレイに現れる文字たちは天井のシミか何かで、または、空中の埃か何かで、俺は布団で眠っているだけなのかも。
 いや、それならまだ現実だ。
 夢幻の境が壊れきったときに現れるのは「真実」の幻覚だ。それはひらひらと飛び、くるくると舞い、視界を青で染め上げる。
 青、青、青。
 緑、赤。
 そしてまた、青。
 ここに幻覚はない、しかし視界にノイズが走る。その色を見て俺はため息を吐く、もう布団に入った方がいいのかも。
 だが布団に入ろうが何をしようが幻覚から逃げることはできない。それは俺を追って、追い詰めて、認知の全てを破壊してしまうのだ。
 夢の中、いやに鮮明な世界を認識しながら俺は思う。
 今いるところが夢か現実かを考えるとき、幻覚のあるなしで見分けることができるのならばこれはおそらく夢なのだろう。
 ディスプレイの上、じわりと滲み出す青を見なかったことにして、俺はそれを閉じた。
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