短編小説(2庫目)

 からっぽになってしまった。
 俺はそう思う。
 何かが終わってからっぽになったんじゃない。そんな格好の良い理由じゃない。
 不意にやってくる空虚感。あの、胸の奥が空いたような、ぐいいと後ろに引っ張られて倒れて、そのまま消えてしまいたくなるような空虚感。
 そういうものだ。
 そういうものだから何なのか、ってことも、俺はもう話せなくなってる。
 俺の言語能力は死んでる。
 今となりゃ話せるのはこんな四方八方散りゆくような、思いつきの言葉だけ。
 そんなの誰も読みたくないだろ?
 だから俺は、身の上話をすることにしたんだ。
 それなら自分の身に起こったことだし、かろうじてどもらず話せるだろ?
 いいアイディアだと思わないか。
 いや、思わないか。
 ほら見ろ。
 こんなときでさえ俺は、何も思いつかず適当に言葉を喋ってる。
 身の上話をしよう。
 俺は勇者で、ってもういい加減聞き飽きたか? こんな話。
 まあ、とりあえず聞いてくれ。
 魔王を倒す旅に出た俺。
 道中、仲間として助けてくれるはずだった踊り子はなぜか姿をくらまし、俺は一人で魔王を倒した。
 倒して、王城に帰還して、パーティーが行われた。
 その間中感じた違和感。パーティーが終わった朝、起きられなくて夕方まで寝た俺は回らない頭で考えた。
 どうも俺の頭の中がおかしくなっている。
 うまく喋れない。言葉が出てこない。胸がしくしくする、空虚な気持ちになる。見えない荷物を背負ったかのように気分が重い。
 そこで俺は結論付ける。
 おそらくあの魔王は倒してはいけないものだった。
 倒してはいけない魔王……
『それはおまえの半身だったんだよ』
 何かが囁く。
『半身を倒したお前はもう、滅びゆくしか能が無い』
「そんなバカなことがあってたまるか。俺はこれからも生きたいんだよ。せっかく魔王を倒したのに」
『魔王ではない。半身だ……可哀想に、お前は生まれたときから騙されていたんだよ』
「な、……にに」
『もちろん、世界に』
 瞬間、世界が塗り替わった。
 ああ……
 ビル群。荒んだ空。
 豪奢な宮殿などどこにもなくて。
 ああ、そうか。
 ここは……
 な。
 これが俺の身の上話だよ。
 こっちの世界で医者に通うようになった俺は、薬を飲んで発作をおさえるようになった。
 何の発作か?
 幻覚の発作だよ。
 何が幻覚なのかは俺にもわからない。それがわかれば幻なんかではないじゃないか。わからないから、薬を飲む必要があるんだよ。
 しかしインターネットで調べてみると、幻覚を幻覚とわかるヤツもいるらしい。
 奇特なヤツだな。俺はとてもじゃないが。
 ……何? さっきの話が嘘くさい?
 そりゃそうだ。
 俺は幻覚を見る男だぜ? 忘れた方が身のためなんだよ。
 それに、俺の話なんて何の役にも立たない。
 誰の何にもならない。
 幸せなヤツらからは唾棄されて、不幸なヤツらからは……さあ。俺も大概被害妄想の持ち主だからな。わからないんだよ。
 見ろ。
「わからない」は逃げだよ。俺の逃げ。
 俺は言語能力がおかしくなった、だから、俺の言葉に責任を持たせちゃいけないんだ。
 何もかもおかしくなった世界で何が正しいかなんて俺にはもう、わからないけどさ。
 きっと、世界がおかしいと思えるうちはまだいいんだ。世界に責任転嫁してればいい。本当に苦しむのは自分のつらさを認めずケアしてやれてないのに世界のせいにもしてないヤツだ。
 俺は。
 俺は、そこまで強くないよ。頑張れなかった。もうだめだって思って、世界のせいにして、外に出なくなった。安定してるように見えるのは入院で「お薬ガチャ」に成功したからさ。
 見ろ。元勇者なのに俺はこんなにも弱い。
 弱かったから、半身をころしてしまった。
 俺は今、ころした魔王のことを知ろうと己を覗き込んでる。
 そうすれば、いつの日か言葉が戻るかもって思って。
 さあ。
 無駄な努力かもな。それどころか、悪化させる試みかも。
 でも、ころしたままではあまりにも、この空虚が埋まらないから。
 な。
 どうでもいい話だっただろ。お前もこんなやさぐれた元勇者の話なんか聞かずに好きな料理でも食えば良い。
 俺は誰のことも救ってなんかやれないダメ勇者だけど、気が向いたらまた、会おうよ。
 それじゃ、また。

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