短編小説(2庫目)

 ごめんなさい、の一言が何言にもなって流れている。
 俺の頭の中。
 すまなかった、でも申し訳ない、でもなく、ごめんなさい。
 どこか幼稚なその言葉。
 つまり俺の謝る先は、近しい相手。そして、親しかった相手だ。
 だが俺の中でそれは特定の人物の形を成していない。
 「もや」だ。ごめんなさいの言葉が、白い文字の塊が、ヒトの形のもやを成している。
 名もなき「ごめんなさい」の山の果て、俺は無為に辿り着く。
 いったい何を謝っているのか。いったいどれに謝っているのか。
 
 俺の人生には謝罪すべきことが多すぎた。
 こうして熱中症で命が終わろうとしている今も、「ごめんなさい」が積み重なって溺れようとしている。

 不注意だった。
 冷房が効いているから大丈夫。そんな慢心が仇になって、俺は倒れてしまった。
 意識のない中で見た走馬灯。
 それが、「ごめんなさい」だった。

「ごめんなさい」
 彼女に言われた言葉。
「ごめんなさい」
 告白した相手に言われた言葉。
「ごめんなさい」
 俺が世界に言うはずの言葉。

 生まれてきてごめんなさい。
 この世に生を受けたことそのものが罪なのだ。
 よくなかった。
 よくなかった、全てのことが。

 ぐるぐると走馬灯は回る。
 何もかもが間違っていたが、いずれこうなる予定だった。
 不摂生で死ぬ。そうなる予定だった。
 何もかもを諦めて、現状に満足するフリだけして生きてこうなる予定だった。
 不摂生をしている時点で消極的自傷だ。現状に満足などしていなかろう。
 俺はどうしてこうなってしまったのだろう。
 そういう言葉が出てくる時点で不満足なのだ。

 終わっていく。
 俺の命が終わっていく。

 最後に聞いたのは、遠り過ぎるサイレンの音だった。
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