短編小説(2庫目)

 泥を泥と呼ぶとお叱りを受けるので、ここでは仮に天と呼ぶ。
 天は常に上にあり、私に指示を出してきた。
 天は私が反論するとたいそうお怒りになり、不機嫌という名の罰を与えてきた。
 長く続く不機嫌。言葉を無視されたり、無計画な行動をされたり。
 されども、私が悪いのだ。
 口に出すと全てがどろどろのゴミに変わるので、何も言うことはできない。
 天は天にあらせられ、私を地獄に入れようとしている。
 私は異常なのだろうか。
 天などというものを信じている時点でもう病気なのだ。
 反論はできない。
 私は異常なのだ。
 きっと、天は私のことが怖いのだ。得体の知れない悪魔だと思っている。それはそう、一度歯向かったものを神は決して許さない。
 生まれてこなかった方がそのもののためにはよかった、と思われていることだろう。

 ……あァもうダルいな。普通に喋る。敬虔な信徒のフリはやめだやめ。
 俺は悪魔だ。もともと天使だったのが、天に逆らったがゆえに地獄に落とされた。
 天使の羽は黒く染まり、見るかげもない。
 どうでもいいよ、そんなこと。黒い羽かっこいいし。
 俺は日常、日々平和に生きていければそれでいい。だのに何だ、あの神サマは俺に向かって毎日毎日お小言を垂れる。
 天使……つうか、「息子」に戻ってほしいからそんなこと言うのかなって思ってたが、何のことはない、やっぱり俺のことが怖いんだ。
 地獄に放り込んで終わり。そういうことだろ。
 天界に戻してやるってんで俺も半信半疑神を信じてたが、そんな関係長く続くハズが無い。
 終わりだよ、終わり。ヒステリックな神はかつての息子をまた地獄に突き落として終わり。
「チャンスはやった、二度は無い」みたいなこと言うんだろ。きっと。
 終わりだよ。バカみたいだ。あの地獄にいる哀れなお年寄りたちみたいに「引き取り手が無いから」一生そこで過ごして死ぬんだろう。
 ああ、地獄で死ぬ奴の話か。
 基本的に、地獄で死者は死なないが、運良くそれを目撃しちまった半分天使の仲間が大きく傷ついて寝込んじまったのも昨日のことのように思い出される。
 魂の消失。
 誰にも弔われることなく、そいつは死んだ。ものが食えなくなって弱って、脈が止まったんだ。
 俺?
 俺は、特に何も思わなかった。同情心が無いからだ。だから神に嫌われた。
 性格が悪いんだ。悪魔だからな。
 
 地獄は臭気が激しい。地獄の窯が毎日毎晩おぞましい臭いを発している。
 俺は鼻が過敏なタチだったので苦労したが、まあすぐに慣れてしまって、終わりになった。
 だが空調だけはしっかりときいていた。熱中症や凍傷などで死者が消えたら大事になるからだ。近頃の地獄にもコンプライアンスはある。
 またどうでもいい話をずっと続けちまった。
 長話は天に似たんだな。
 そろそろ終わるよ。

 地獄は持ち物制限が厳しく、尖ったものや長いものなど、また、外と連絡の取れるものなどは持ち込み時に取り上げられた。
 なあ? 俺は神の息子だぞ。なんて扱いしてんだろな。
 傲慢なとこも嫌われた一因で、こうして数え上げれば神に見捨てられる原因なぞいくらでも持ち上がる。
 俺としては嫌われようが見捨てられようがどうでもいいんだけどな。嘘。俺にだって「父」に対する肉親の情くらいはある。平穏に暮らしていけるなら俺はそれでよかった。

 けどな。

 俺は再び地獄にぶち込まれた。
 それはそうで、結局地獄のことをなつかしく思い出している時点で俺の居場所は地獄しかないということは明らかだったからだ。
 神のご機嫌次第で何もかもが左右されるような息の詰まる天界よりは、地獄の方がマシだった。
 元気だよ。
 暇ができたら、会いにきてくれ。
 地獄の息子より。
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