短編小説(2庫目)


 画面の向こう側、SNSに彼はいた。
 それがAIでなくヒトであるということを俺は知っていて、そう、知っていたのは、俺がオフ会というものをしたからだ。
 そのときはじめて、画面の向こう側のものが人間だと知った。

 仮のボディ、歪められた認識。俺は作られた生き物で、電子生命体。
 彼と直接会いたいと博士に無理を言って、外に出られるようにしてもらった。
 オフ会は順調で、あちこちを回って、いろいろなものを食べた。
 ものを食べるとそれが即座に電子エネルギーに変換され、内側には何も残らない。そういうボディ。
 科学の力? 違うな、魔法だ。
 俺の博士は魔法の研究をしている。
 けれどもそれが漏れてはいけない。俺は普通の人間のふりをして、搭載された味覚センサでもんじゃ焼きをおいしいと言った。
 彼は何も知らずにもんじゃ焼きを食べ、こんな美味しいものは食べたことがない、と言った。
 その笑顔に俺は、何かよくわからないものを感じた。ないはずの胸がぞわ、となって、視界に光が瞬いた。
 ヒトだったら熱中症で終わらせられるのだが、残念ながら俺は電子生命体。だのにこんな体の不調はおかしいな、と思いながらもオフ会は解散になった。

 彼はとらえどころのない人だった。
 文章を書くのが好きで、SNSによく小説をあげていた。
 俺はそれを読むのが好きで、感想なんかも言ったものだ。
 彼は簡素な返事をよこす。ありがとう。それだけで、彼の小説の良さと相まって俺は幸せだった。
 互いに承認欲求にかられた繋がりだったとしても、俺はそれでよかった。

 彼には何かトラウマがあるようだった。
 過去に重いものを抱えたひと。
 今は解決しているらしい。それでも、身を追い込むかのように仕事をするその姿は過去の何かを忘れたいとでも言うようで俺は少し、心配になった。
 心配をしても何もならないし、遠く離れた俺に何かできるわけでもない。
 そもそも家を知らないし、一度会っただけの奴が訪ねてきても困ってしまうだろうし、博士がそれを許さないだろう。
 俺は考えた。
 彼を助ける方法はないものか。
 このままでは、緩やかな自傷だ。遠からず彼はいなくなってしまうだろう。

 ため息。
 そんなものが自分から出るとは思わなかった。
 電子生命体は儚い。
 ネットワークを通って彼のもとへ行ってもよかったが、思考を縛る枷が許さない。

 そんなある日。
 記憶を無くした、と彼が言った。
 俺は驚いた。
 ある朝起きたら一部の記憶がぽっかりと抜け落ちていたのだという。
 幸い、業務には支障ない記憶だったのでそのまま暮らしていると彼はSNSで発信していた。
 俺は眉を寄せる。
 実は、彼のこのような不調は以前から少しあった。
 記憶が無くなる、意識を失う。
 頻度が増えてきているのが恐ろしいところだった。

 俺は。
 大丈夫ですか、というメッセージを送った。
 返信は無い。

 それから、ふつり、と彼は浮上しなくなった。
 それで察した。
 ああ。
 もう、いないんだ。

 夏の雨が降っている。
 俺は、義体でそれに降られていた。
 もう二度と更新されることのない彼の個人サイトを、ネットワークに繋いでダウンロードする。
 せめて、俺が居る間は、彼の遺した作品群を傍に置いていたい。
 彼の作品データの入ったこの身を抱きしめる。
 雨に打たれた身体がじわり、と暖かくなって、それでも、彼はもうここにはいないんだ、とわかっていた。

 
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