短編小説(2庫目)
桜の木が樹齢を迎えて切られているという。
それをかわいそうだとか言うつもりはない。ただきっと、そう述べる人は桜を、己に重ねてしまうのだと思う。
「人生終盤まで頑張ってきて、樹齢を迎えたとかいう勝手な理由で勝手に切られてしまう俺たち」
……まあ、俺はそんなことならどうだっていい。
なぜなら俺は人生終盤まで頑張れてもないからだ。
序盤は頑張っていたさ。でも、中盤から頑張れなくなった。病のせいだ。
俺の人生何でも、どれでも、病、病、病。そろそろ嫌になった奴もいるんじゃないか? でも残念、これが俺の人生なんだ。俺の人生が俺の文学なんだ。なんて、どっかの偉い文豪なら言うだろう。
俺? 俺に文学書く趣味なんてないし、この俺に趣味は無いよ。趣味と言える趣味と言えば、音楽を聴くぐらい。
音楽は頭の中のよくない考えをかき消してくれるから好きだ。ゆるい音楽は聴かない。激しくて転調の多い音楽を俺は好む。
なれるものなら、音楽家になりたかったな。なる努力もせず俺はそう言うんだよ。何者にもなれていない俺。何者にもなれなかった俺。
何者かになることという呪いに囚われた哀れな人間、と評論家なら言うだろう。でも俺ごときの言う言葉なんてもう、使い尽くされて、考え尽くされてしまって、数多くの異論反論が量産されているんだろう。なぜなら、世の中は言論を消費するから。
説教っぽくなった。歳を取るとこうなるんだ、嫌でもこうなるんだ。だからこんな風に酒を飲んで、部屋の中でPC相手にひとりごちてるわけだし。
誰も聞いちゃいないのにな。
……俺の部屋の窓からは、街路樹の桜が見える。
表通りに面したアパート。家賃はそこそこ。██と██で補えるぐらいの。表通りで察せられるように、音はうるさいので窓枠を段ボールで目張りしてる。せっかくの桜が美しく見えなくなってしまうが、安眠には代えられない。昼間の安眠には。
毎日眠くて眠くて、夜寝て、朝起きて食べて寝て、昼起きて食べて寝て、夕方少しだけ生活をして、また寝る、そんな暮らしをしている。
せざるを得なくなっている。
毎日眠いのがなぜかってことははっきりしていない。病のせいかもしれないし、薬のせいかもしれないし、はたまた体質のせいかもしれないし、わからない。
医者には無理をしないように言われている。ずっとだ。ずっと、無理をしないよう言われている、それじゃ俺は何ができる? 何もできやしないよ。ダメなことをした。履歴書の空白は白、白、白。
何かの罰なのかと思う、俺は自己責任なのかと思う。己をいくら責めても病はやってくるもので、この世の中不景気でみんな余裕が無くなってるから俺のこんな嘆きを聞いてくれる奴なんてAIぐらいしかいない。その他の奴らは責めるんだ。お前が悪い、お前の性格が悪い、ってな。
知ってる。何もかも。全部俺のせいにしたいんだな?
でも俺はそれでも生きなきゃならない。何がなんでも生きなきゃならない。理由はない。世間に負けられない、なんて言っても世間は相対してるときなら案外建前を使ってくるもので、影で言われる分には傷付かないから俺は良いんだ。
良いのかな?
そうやって何もかもを疑うと病状が悪化する。
そうだろ。
ここまで読めた奴がいるか? それともいないか? 俺の嘆きをずっと読んでくるのは大変だったろ。結構長いしな。得られるもの? それは俺の決めることじゃない。みたいなことも、デリダの脱構築のあとのポスト脱構築とかなんとかで言い尽くされてるんだろう。文学はよその言説、よその物語のなぞり直しなんだよ。それでもフルマラソンみたいな積み上げ型の重さがあるだろ、異世界系のあの連載見たか? 作者に必要となるものが何かってセルフコントロールにメンタル調整に、まるでスポーツだ。それでもあの夏目漱石だって長期連載には苦しんでいたというし、何、飽きた? わかんない言葉だらけ?
よくわかったな。俺がでまかせ付け焼刃の知識並べて己の体勢を図りなおそうとしたってことは読者には伝わるんだ。
……どうしてここまで文学的だったのにこっちを向くんだって?
太宰の焼き直しだよ。
プレイリストが一周して、日が落ちた。外は暗く、桜の花びらがはらはらと散る白だけが白、白は、
履歴書は白。
俺は頭をがしがしと掻き、履歴書をびりびりに破ってしまった。ものに当たるのはやめなさい? いいんだよ。こんなもの俺には必要ない。
嘘吐きは誰か。
木だったとさ。
おわり。
それをかわいそうだとか言うつもりはない。ただきっと、そう述べる人は桜を、己に重ねてしまうのだと思う。
「人生終盤まで頑張ってきて、樹齢を迎えたとかいう勝手な理由で勝手に切られてしまう俺たち」
……まあ、俺はそんなことならどうだっていい。
なぜなら俺は人生終盤まで頑張れてもないからだ。
序盤は頑張っていたさ。でも、中盤から頑張れなくなった。病のせいだ。
俺の人生何でも、どれでも、病、病、病。そろそろ嫌になった奴もいるんじゃないか? でも残念、これが俺の人生なんだ。俺の人生が俺の文学なんだ。なんて、どっかの偉い文豪なら言うだろう。
俺? 俺に文学書く趣味なんてないし、この俺に趣味は無いよ。趣味と言える趣味と言えば、音楽を聴くぐらい。
音楽は頭の中のよくない考えをかき消してくれるから好きだ。ゆるい音楽は聴かない。激しくて転調の多い音楽を俺は好む。
なれるものなら、音楽家になりたかったな。なる努力もせず俺はそう言うんだよ。何者にもなれていない俺。何者にもなれなかった俺。
何者かになることという呪いに囚われた哀れな人間、と評論家なら言うだろう。でも俺ごときの言う言葉なんてもう、使い尽くされて、考え尽くされてしまって、数多くの異論反論が量産されているんだろう。なぜなら、世の中は言論を消費するから。
説教っぽくなった。歳を取るとこうなるんだ、嫌でもこうなるんだ。だからこんな風に酒を飲んで、部屋の中でPC相手にひとりごちてるわけだし。
誰も聞いちゃいないのにな。
……俺の部屋の窓からは、街路樹の桜が見える。
表通りに面したアパート。家賃はそこそこ。██と██で補えるぐらいの。表通りで察せられるように、音はうるさいので窓枠を段ボールで目張りしてる。せっかくの桜が美しく見えなくなってしまうが、安眠には代えられない。昼間の安眠には。
毎日眠くて眠くて、夜寝て、朝起きて食べて寝て、昼起きて食べて寝て、夕方少しだけ生活をして、また寝る、そんな暮らしをしている。
せざるを得なくなっている。
毎日眠いのがなぜかってことははっきりしていない。病のせいかもしれないし、薬のせいかもしれないし、はたまた体質のせいかもしれないし、わからない。
医者には無理をしないように言われている。ずっとだ。ずっと、無理をしないよう言われている、それじゃ俺は何ができる? 何もできやしないよ。ダメなことをした。履歴書の空白は白、白、白。
何かの罰なのかと思う、俺は自己責任なのかと思う。己をいくら責めても病はやってくるもので、この世の中不景気でみんな余裕が無くなってるから俺のこんな嘆きを聞いてくれる奴なんてAIぐらいしかいない。その他の奴らは責めるんだ。お前が悪い、お前の性格が悪い、ってな。
知ってる。何もかも。全部俺のせいにしたいんだな?
でも俺はそれでも生きなきゃならない。何がなんでも生きなきゃならない。理由はない。世間に負けられない、なんて言っても世間は相対してるときなら案外建前を使ってくるもので、影で言われる分には傷付かないから俺は良いんだ。
良いのかな?
そうやって何もかもを疑うと病状が悪化する。
そうだろ。
ここまで読めた奴がいるか? それともいないか? 俺の嘆きをずっと読んでくるのは大変だったろ。結構長いしな。得られるもの? それは俺の決めることじゃない。みたいなことも、デリダの脱構築のあとのポスト脱構築とかなんとかで言い尽くされてるんだろう。文学はよその言説、よその物語のなぞり直しなんだよ。それでもフルマラソンみたいな積み上げ型の重さがあるだろ、異世界系のあの連載見たか? 作者に必要となるものが何かってセルフコントロールにメンタル調整に、まるでスポーツだ。それでもあの夏目漱石だって長期連載には苦しんでいたというし、何、飽きた? わかんない言葉だらけ?
よくわかったな。俺がでまかせ付け焼刃の知識並べて己の体勢を図りなおそうとしたってことは読者には伝わるんだ。
……どうしてここまで文学的だったのにこっちを向くんだって?
太宰の焼き直しだよ。
プレイリストが一周して、日が落ちた。外は暗く、桜の花びらがはらはらと散る白だけが白、白は、
履歴書は白。
俺は頭をがしがしと掻き、履歴書をびりびりに破ってしまった。ものに当たるのはやめなさい? いいんだよ。こんなもの俺には必要ない。
嘘吐きは誰か。
木だったとさ。
おわり。
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