短編小説(2庫目)

 ぼんやりしていると忘れてしまう。
 何もかもを忘れてしまう。
 残るのは病で嫌なことになった過去のみ。
 親友に嫌なことをたくさん言った。友人たちに威張ってみせた。SNSで意味のわからない妄想を吐いた。
 そんなことが降り積もって、とんでもなく不快な思い出たちが出来上がった。
 ほかのことを忘れているのに、それだけ覚えている。病で嫌なことになった過去だけを覚えている。まるで俺の人生それしかないみたいに。
 胸のあたりがむかむかとする。肩が重くなってくる。頭が痛くなってくる。
 俺に残ってるのは病だけなのか。
 そんなことはない、と思う。
 だのに、俺の内心は主張する。お前は病で烙印を押された人間ですらない何かであると。
 まあそこまでいけば自己卑下で気持ちよくなれる。問題は理性が働いて自己卑下まで至らせてくれないことだ。
 虚無感でもない。俺は確かにここにいるのだから。
 そこでふと思う。俺はもしや、健康になっているのか。
 健康になった頭で病の過去を思い出しているのか?
 ……いや。
 何もかもを忘れてしまうのは健康な奴のすることではないし、突然嫌な過去を思い出すのも健康な奴のすることではない。
 それならどうする?
 寝るのが一番。
 俺は布団に潜り込んだ。

……
 
『どうだこの独白、ストーリーも何も無い。誰か責めてやってくれ』
『残念ながら誰も責めることはできない。なぜならこれは無いものであるからだ』
『ストーリーも何も無い。そんなものを書くことが許されるのか?』
『個人の自由だろう。それとも君はそれで責められる夢を見てでもいるのかね』
「俺は……」

……

「!」
 目覚めると、夕方になっていた。
 街路樹の桜が散っている。
 俺は視線を下にやった。
 散った花弁が散らばっている。風で舞うそれはまるで絵画のようだった。
 
 綺麗な終わり方はできない。ただ、なんでもない人生が続く。
 綺麗な生き方はできない。ただ、「恵まれた」あと滑落する人生が続く。

 そんな話。
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