短編小説(2庫目)
海だ。
見渡すばかりのそれ。
私は息を大きく吸って、吐く。
潮の香りがする、かもめが鳴いている。
「季節外れだろ」
「何も海の季節は夏だけとは限らないんだよ」
「それでも。エンターテイメントには季節外れだろ」
「何だそれ」
私はせっかくの「なんでもない日」に水をさされたような気持ちになり、会話の相手を探した。
目線の高さには誰もいない。
下は? と探すと、
「俺だよ」
ビーバーだった。
茶色い体に黒いしっぽ。ふくらはぎほどの大きさをしている、思ったより小さいな。
「それは俺がチイサビーバーだからだ」
「小さビーバー?」
「そう」
「そんなのがいるとは」
「今捏造した種族だ」
「あ、そう……」
ビーバーはそれにしても、と言って海の方を見やった。
「長く旅をしてきたが、この海を越えられなきゃ終わりみたいだな」
「急に何の話?」
「いや、そう言うのが適当な気がした」
「……そうやって、場に合ったことしか言わず、それがエンターテイメントだって言うのか」
「さあ。俺だってエンターテイメントとかよくわからねえんだ」
「わからないのにそれを説く?」
「わからないから説くんだろ。問答ってそんなものでさ」
「………」
私は背後を見やる。
海の背後に、山。
それがあるのはこの国ぐらいだとか言ってきたオッサンがいたが、たぶん他の国にもある。タヒチとか。
ああ。旅行行きたいなあ。
「俺と旅行に行ってくれるんじゃなかったのか」
「わけわかんないビーバーを連れて? 嫌だよ」
「失礼だな。俺だって好きでビーバーなんじゃない」
「じゃあ何になりたかったんだ」
「イルカだな……」
「イルカは良いね……シャチに食われるけど」
「じゃあやだ」
「嫌なんかーい」
「水に棲む生き物なら何でもいいってわけじゃないんだぞ」
「言い出したのは君でしょうに」
「まあ……今回はそろそろお開きってことで」
「埋めもせず?」
「それはまあ先月梅を見たから良いということにしておこう」
「はあ……なるほど言霊使いみたいなやつか」
「そうそう」
何がそうそうかわからなかったが、そして、私とビーバーは海を見た。
相変わらずかもめが鳴き、潮の香りがして、ぎらぎらと太陽が輝くそれは、
嘘の夏の海。
きっと私たちはここで嘘のアバンチュールを過ごしたり過ごさなかったりするのだろう。
そんな話。
見渡すばかりのそれ。
私は息を大きく吸って、吐く。
潮の香りがする、かもめが鳴いている。
「季節外れだろ」
「何も海の季節は夏だけとは限らないんだよ」
「それでも。エンターテイメントには季節外れだろ」
「何だそれ」
私はせっかくの「なんでもない日」に水をさされたような気持ちになり、会話の相手を探した。
目線の高さには誰もいない。
下は? と探すと、
「俺だよ」
ビーバーだった。
茶色い体に黒いしっぽ。ふくらはぎほどの大きさをしている、思ったより小さいな。
「それは俺がチイサビーバーだからだ」
「小さビーバー?」
「そう」
「そんなのがいるとは」
「今捏造した種族だ」
「あ、そう……」
ビーバーはそれにしても、と言って海の方を見やった。
「長く旅をしてきたが、この海を越えられなきゃ終わりみたいだな」
「急に何の話?」
「いや、そう言うのが適当な気がした」
「……そうやって、場に合ったことしか言わず、それがエンターテイメントだって言うのか」
「さあ。俺だってエンターテイメントとかよくわからねえんだ」
「わからないのにそれを説く?」
「わからないから説くんだろ。問答ってそんなものでさ」
「………」
私は背後を見やる。
海の背後に、山。
それがあるのはこの国ぐらいだとか言ってきたオッサンがいたが、たぶん他の国にもある。タヒチとか。
ああ。旅行行きたいなあ。
「俺と旅行に行ってくれるんじゃなかったのか」
「わけわかんないビーバーを連れて? 嫌だよ」
「失礼だな。俺だって好きでビーバーなんじゃない」
「じゃあ何になりたかったんだ」
「イルカだな……」
「イルカは良いね……シャチに食われるけど」
「じゃあやだ」
「嫌なんかーい」
「水に棲む生き物なら何でもいいってわけじゃないんだぞ」
「言い出したのは君でしょうに」
「まあ……今回はそろそろお開きってことで」
「埋めもせず?」
「それはまあ先月梅を見たから良いということにしておこう」
「はあ……なるほど言霊使いみたいなやつか」
「そうそう」
何がそうそうかわからなかったが、そして、私とビーバーは海を見た。
相変わらずかもめが鳴き、潮の香りがして、ぎらぎらと太陽が輝くそれは、
嘘の夏の海。
きっと私たちはここで嘘のアバンチュールを過ごしたり過ごさなかったりするのだろう。
そんな話。
5/177ページ