短編小説(2庫目)

 初恋は優雅に消え去ってしまう。
 そんなことを君が言ってきたのはいつだっただろうか。

 僕は君に恋をしていた。長い長い恋を。
 君はといえば、恋になんて興味の無いタイプらしく、ずっと友人として接してくる君に僕は閉口したものだ。

 この関係を壊す勇気が無くて僕は言い出さずにずっと来た。
 そんなある日のことだ。
 君が、初恋をした、と笑うのを、僕は茫然と見た。
 いつもと同じ笑顔。
 でも、それはもう前までの君ではなくて、恋を知ってしまった者の顔をしていた。

 それからというもの、君は奮闘した。
 恋を叶えるために、奮闘した。
 僕はといえば。恋敵に君を奪われるための努力なんてする気になれないし、君と距離を置いた、その距離すら気付かないのが君という人間だった。

 そして、君の初恋が終わる日。
 僕と君は屋上で紙パックジュースを飲んでいた。
 時は初春、背の低いビルが続くごみごみとした街に、日が沈みかけていた。

「ね、知ってる?」
「何を?」
「初恋は優雅に消え去ってしまう」
「……失恋したのかい」
「ううん。違うよ」
 そう言って、君は僕を見た。
「なんかもう、いいかなって」
 その言葉に僕は嫌な予感がしたが、いつも太陽のような君の笑顔が陰ってはいなかったため、おそらく何もないだろう、と判断し、話の続きを促す。
「どうしたの」
「嫌いになっちゃった……あの人のこと……」
 次の瞬間、君の笑顔はくしゃくしゃに歪み、君はしゃがみこむ。
「どうしたの、どうしたの、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないよ……」
 聞けば、初恋の相手が他の異性といるところを目撃してしまったらしい。
「私、できないよ……あんなこと」
 ぼろぼろと泣く君に僕は何も言うことができなくて。
 できないよ、できないよ、と泣く、
「大丈夫だよ」
「できないよ……」
「大丈夫だよ……君にそんなことを強いてくる奴がいたら、僕がやっつけてやる」
「……ほんとに?」
「約束する」
 それを聞くと、君はほっとしたように笑った。
 ありがとう、と言った君に僕は僕の初恋を一生秘める覚悟をした。
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