短編小説(2庫目)

 結局いい奴のふりをできる奴が勝つんだ。
 そう言って、君はよろよろと去って行った。
 
 それから君を見ていない。
 僕は君の家を知らないし、君もそうだった。
 だから僕は、君のことを忘れることにした。
 「キシネンリョ」とやらを抱えていた君のことを。

 ◆

 僕が就職して、ずっとずっと時が経った。
 そのまま転職もせず、同じ会社で働いている。
 いい奴ぶって過ごしていた、そう、僕は君のことを思い出す。
 僕だって昔は純粋だったさ。誰だって少しは汚れてるさ。
 完璧に真っ白な人間なんていない。
 そう思うのに、僕の心には君が刺したトゲがちくちくと刺さったまま、責めるのだ。
『結局いい奴のふりをできる奴が勝つんだ』
 潔白の度合いを比べても、何もならないのに。

 そうして僕は、
 何も変わらない。
 ただ毎日会社に行って、帰ってきて動画を見て、特に趣味もなく。
 君はどこに行ったんだろう。
 あのときの声と言葉が忘れられない。
 思い出したが最後、ずっとずっと覚えているのかも。

 ◆

 日々が過ぎ、また僕は君を忘れた。

『嘘つき』
 
 声がする。

『忘れてなんかいないんだろ』

 僕は。

 君を探して海の見える街まで。
 けれど痕跡はどこにもなくて、そう、名前すら知らなかったから。
 だからこの話はここでおしまい。
 
 見つけられなかった者の話。
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