短編小説(2庫目)

 夜。俺と蟹の住む一室。
 俺はスマートフォン片手にぽろりとこぼした。
「イライラしてる」
 蟹は即座に反応する。
「そりゃまたどうして」
 俺は答える。
「最近、ゲームばっかりしてるんだけどさ」
「なんで」
「その方が平穏に暮らせるからだよ。絵なんか描いてても自分の下手さが浮き彫りになるだけでちっとも実にならない」
「君その発言はたくさんの人を敵に回すよ」
「むしろ共感されるんじゃないか? 行き詰った絵師はたくさんいる」
「自分でそれ言ってちゃ世話ないね……で、話を戻そう。なんでイライラしてるの?」
 蟹は片ハサミでぴ、と俺を指す。
 指された俺は手を広げた。
「このゲーム、耐久値が減るときにクイズ番組の不正解のときに鳴るブザー音出してきて、それが腹立つ」
「そりゃ……どうしようもなくない?」
「蟹えも~ん、なんとかしてよお」
「ん~……外部の改造データを使えば変えられるゲームはあるよね。でも君が今やってるそのゲームでそんなもの使えば一発アウト、アカウント停止に追い込まれる」
「知ってるよ……だから言ってるんだ」
「僕は君のその発言にイライラするよ」
「喧嘩をやめて」
 俺は手を水平に広げて、下ろした。
「自分で言ってちゃ世話ないね……で?」
 蟹はハサミを振っている。
「蟹でもイライラするんだ」
「僕の修練が足りないからかなあ。蟹学校ではアンガーマネージメントも学ぶんだけど、あれ苦しいんだよねえ。6秒間我慢できたら世話ないよって」
「6秒もあればゲームでキャラを出撃させるときのリソースが6溜まるもんね。それくらいあれば軽い先鋒は出撃できる」
「え、ゲームでものを考えてる……」
「悪いか」
「悪くはないが!」
「えーん蟹えもん、ステージクリアできないとイライラ通り越してキレそうになるよ」
「それはもうゲームから離れた方が良いのでは? 絵の方がイライラしないのでは?」
「でも絵は苦しいよ~ちっとも上手くならないんだもの」
「あ~……それでゲームしてたのか」
「さっき言ったけどね。それはともかく」
「それはともかく?」
 と蟹。
「このままじゃ平行線だよね」
「自分で気付けてえらい」
「やったあ」
 俺はスマートフォンを遠ざけた。
「お腹が空くからイライラするってのもあると思うんだ。蟹。……うどんを食べよう」
「いいねえ」
「一緒に作ろう」
「そうだね。そうしよう」
 そして俺と蟹はうどんを作って食べた。
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