短編小説(2庫目)

 ため息を吐くのが癖のようになっている。
 幸せが逃げる、なんて月並みな言葉はもう聞き飽きたし、うんざりだ。
 などという流れもきっと、見飽きただろう。
 俺が冒頭で何を批判しようと、文句を言おうと、そこから逸れて日常の中の非日常が続いていくのは道理なのだから、俺はいい加減冒頭で何かを言うのをやめた方がいいのだ、きっと。
 
 いいか?
 じゃあ、日常行くぜ。
 
 俺がなぜため息を吐いていたかというと、例に漏れず人間関係の悩みが降ってきているからだ。
 人間の悩みの大半は他者との関係の悩みだという言葉もある、信ぴょう性はわからないが。
 で。
 何の関係か。
 バイト先の女子との関係が悪い。
 建前では強く言ってくるが、その実俺のためを思って言っているらしい。
 わからん。
 俺にはそんなものを読む能力はない、と言ったら、だからあんたはダメなのよと返された。
 悪口だろ。
 俺にはわからん。
 
 そんなこんなでため息を吐く。
 女子の名前?
 覚えてるわけがないだろ。俺は他人に興味の無い人間なんだ。
 他人というのはちょっと違うか。
 動物になら興味があるので覚えられる。人の顔は覚えられないし、名前も覚えられない。
 そんな「ダメ」な人間なんだ。
 
 たぶん、俺がここでうだうだ考えていても、女子との関係は好転しない。
 どうすればいいか。
 
 もうバイト辞めようかな。
 
 はあ。
 何もかもが面倒になっている。歳かもしれない。歳なのに定職にもつかずバイトをしている、だからあんたはダメなのよ。
 それも言われた。あの女子に。
『採用されないんだから仕方ないだろ、この歳にもなって新規採用なんてありえないんだぞ』
『あんたの頑張りが足りないからでしょ』
『お前もこの歳までフリーターしてたらわかるよ』
『わかりたくないわよ、そんなもの』
 はあ。
 
 手帳を閉じて、しおりを挟む。
 今の今まで旧式のこのスタイルを続けてしまった。
 旅に出る資金などないし、俺はこのまま女子にいびられて、いつかその女子も大学を卒業していなくなって、寂しく一人でいなくなるのだろうか。
 
「あんたのために正社員になってやったわよ」
「は……?」
「そうすればずっと雇ってあげられるでしょ」
「店長でもないのに?」
「そこはまあ、出世するわよ。人生はコネ、正社員様のお気に入りともなればクビにはしにくいでしょ」
「そうかな……」
 俺は一つ言葉を聞き落としたし、たぶん鈍かった。
 薄々気付いていたのだが、まあ……その後どうなったかは、神のみぞ知る。
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