短編小説(2庫目)

 考えて考えた。
 それでも外に出ることはできなかった。
 そうしているうちに、目張りした窓の隙間から、隙間なんてなかったはずなのに、蟹が来た。
「あなたの絶望 晴らします」
 キャッチセールスのようなことを言う。
「俺は絶望なんてしてないな」
「おかしいですね……僕が呼ばれたということは、絶望した人間すなわち新たなパートナーがいるということなのに」
「悪いが、帰った方がいい。ここに役立つものはないからな」
「ふむ……とりあえずは、お風呂に入りましょう」
「え! 嫌だ。俺はお風呂が嫌いなんだ」
「入りましょう、入りましょう。お風呂に入ると気持ちいいですよ」
「傷に沁みて痛いから嫌だ」
「そっと洗ってあげますから」
「君が洗うのか!?」
「洗いますけど? ヒトじゃないから恥ずかしくないでしょう」
「ええ……」
 嫌がる俺をぐいぐいとお風呂に連行する蟹。
 服をぽいぽいと脱がし、俺はお風呂の流れとなった。

「あづい」
「なんで冷房つけてなかったんですか?」
「電気止まってたから」
「ガスは止まってなかったじゃないですか」
「あれは……たまたま。コンビニ行ったときに払込票で……」
「コンビニに行くのが億劫なら、最近は蟹ペイとかも対応してるそうですよ」
「蟹ペイって何だ」
「蟹の電子通貨です」
「へえ……ところで冷房ついてるが、どういうことだ」
 さわやかな風が吹いてくる。
「上に連絡してちょっとね」
「上?」
「上は上です。蟹社会だとそういうときでも命に関わるインフラは動くんです」
「はあ……憲法第13条ね」
「それを言って狂っていった作家がいましたね」
「いないが!?」
「いないでしょうね。今はもう、こっちにいるので」
「何の話だ」
「こっちの話です」
「ふうん……」
「うどん勝手に作ったので、食べてください」
「夏にうどん?」
「冷製うどんです」
「おお、それはいいな」
 そして、蟹と俺はうどんを食べた。
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