短編小説(2庫目)

 毎日毎日幻覚を見る。
 自分と関係ないものを自分と関連付けて考える。
 それは幻覚と言うのだろうか。
 わからなくても幻覚は回る。
「君、そんなことになっていたのかい」
 驚いたように蟹が言う。
「なってたぞ」
「そりゃまたどうして」
「病気ってものに理由はないもんさ」
「そうかなあ」
「ああ」
「………」
 蟹は少ししょんぼりしたかのような様子を見せた。
「どうしたんだ」
「いや、止められなかったなあって」
「何を」
「君の幻覚を」
「蟹でも難しいと思うぞ、それは」
「そうかな」
「そうさ」
「………」
 両手のハサミがしゅんと垂れている。
「ごめんねえ……」
 俺は虚をつかれた気になった。
「ごめんねえ、君を止められなかった」
「……、謝る必要はない」
「ごめんねえ……」

 夏の虫が鳴いていた。
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