短編小説(2庫目)

 蟹になれば全て解決すると思っていた。

「蟹~蟹だぞ~そこの僕、蟹はどうかな」
「ママこのおじちゃん何してるの?」
「蟹ごっこだぞ~」
「通報していい?」
「やめてくれ」
 俺はさかさかと逃げ出す。
 通報なんてされたら取り押さえのときにこのボディを壊されてしまうだろう。段ボール製のボディは一度壊れると直すのが大変だ。
 なので、通報は避けるが吉。

「蟹~蟹だぞ~そこのおじさん、蟹はどうかな」
「は? お前もおじさんだろうが」
「うわ怖ッすみませんでした……」
「……弱いものには強く、強いものには弱く。最低の奴だな。お前が模してる蟹もそんな奴なのか?」
「……か、蟹は……理想の存在で……強いものに強く、絶望した人間に救いを差し伸べるそんな」
「はは」
「ヒッ」
「そんなものがあるなら俺のところに来てほしいよ」
「おじさん、絶望してるんですか……?」
「見てわかんねえ? このくら~い目」
「なるほど」
「なるほどじゃねえよ」
「蟹さん! このおじさん、絶望してるそうです!」
 俺が叫ぶと、天から蟹がすうーと降りてきた。
「お呼びかな? 僕は蟹」
「呼びました。そこのおじさんが蟹があるなら俺のところに来てほしいと」
「ほ、本当にいたとは……」
「聞き入れたよ。さ、行こう」
「行くってどこに?」
 とおじさん。
「決まってるだろ、レイヤー移動さ!」
 ぱ、と一人・一匹の姿が消える。
 俺は、よかったなあおじさん、と一人頷いた。
 変質者にしか見えないこの俺でも、蟹の仕事を疑似的にこなすことはできるんだ。
 よかったなあ俺、と一人頷く。
 それは絶望にひどく近いものであったが、それでも。それでも俺は、満足だった。
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