短編小説(2庫目)

「暑いよお~~~!!!!」
「どうした蟹、珍しいな」
「いつもの氷属性魔法でなんとかしてくださいよお!」
「え、俺がやるの?」
「勇者でしょ」
「もうその役職は捨てたんだ」
「じゃあ一般人がなぜか氷魔法使えるってことで」
「適当だな!」
「適当は世界を救うんだよ」
「ええ……」
 俺は両手を組み、回す。
「ストレッチ?」
「もう随分と使っていないからな……」
「僕と君が出会ったのも何年前になるかなあ?」
「考えたくないな」
 両腕を上に上げる。
「氷属性魔法『スゴク・ヒエール』!」
 ひゅおお、と冷たい風が吹き、部屋を冷やし始めた。
「わあ面白い。やっぱり君の魔法は面白いや。この世界と体系が違う」
「蟹」
「はいはいわかってますって。機密なんでしょ~。……けどさ。蟹と在る限り君が特定されて心無いヒトにちょっかいかけられることもないのに、何を怖がってるの~?」
「ん~…」
 俺はくるくると指を回す。
「ま、習性みたいなものかな」
「習性」
「勇者は避けられるジョブだって言ったことは」
「あったかもしれないけど、皆さんにも配慮しましてと」
「何の皆さんだ」
「僕の想定読者の皆さんに」
 蟹があらぬ方向を向く。
「どっち向いてるんだ」
「皆さんの方」
「怖いからやめてくれ」
「はいはい。まったく君は臆病で困るね」
 はー、とため息を吐く蟹。
「お前の蛮勇が過ぎるんだよ」
「そうかな?」
 しれっとした様子で、蟹。
「蟹は強いな……」
 快適に冷えた室内で、俺と蟹は馬鹿なやり取りを繰り返して、そんな今日だった。
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