短編小説(2庫目)

「蟹」
 と声をかけると、すぐ返ってきた。
「絵を描くの?」
「そう、描きたいんだけども」
「自信が無い、と」
「そうなんだよ……聞いてくれるか蟹」
 いいよ~と蟹がハサミをちょきちょきした。
「自分で描いた絵が下手にしか見えないんだ。描き上げたときは描き上げモードのハイテンションになってるから気付かないとこにアップロードしたら気付いてうわ俺絵、下手……? とか思って俺は」
「ストップストップ! 絵を描く楽しさ忘れてない?」
「禁句だぞそれは。絵を描くのが楽しいわけないだろ」
「うわどうしちゃったの君ィ……あんなに楽しく絵を描いてたのに」
「うんざりだよ! 嫌になっちまったよ! 1いいねも来やしない!」
「来てるじゃん」
 蟹が端末をぽちぽちいじる。
 ハートマークが赤くなっていた。
「いいね来てるじゃん。またファンを蔑ろにするの?」
「また、って何、……」
「はい調整入りました」
 ちょきん。
「……えーと、何だったか」
「絵、描こうよ。楽しいよ」
「うん……わかった」

 何を失くしたのか、何を切られたのか、きっと戻ることはない。
 ██は今しか生きることができない。

 そういう話。
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