短編小説(2庫目)

 講義室で漫画を描いている。
 いや、それだけなら珍しいことじゃない。講義室で漫画を描いている学生なんて、いくらでもいる。
 僕が描いていたのは、いまどきそんな呼び名で呼ぶ人も減ってしまっただろう、劇画調だった。劇画を知らない人のために注釈を入れておくと、モルモ15とかがそれにあたるね。
今日は生物学のテストの日で、僕は時間がくるより早くテストが終わってしまったので、日課の劇画を描きだした。無意識的な劇画ではなく、劇画のスタイルをとっても意識した劇画。
 僕はこれを誰にも見せない。いまどき劇画なんて、で終わることは目に見えてるし、それに劇画は僕だけの秘密にしておきたいのだ。それを講義室なんて人目につく可能性のあるところで描いているのは、スリルを求める気持ちから。
 丁度登場人物の眉間を描いていたところで、カラスが鳴いた。僕はそのカラスも絵に描きいれた。そこで、描いている最中に起こる出来事はすべて描きいれようという気持ちが起こってきた。
 顔を上げると、周りの学生もテストが終わっているのか、暇そうにしている。寝ている人もいる。とても何事か起こりそうには見えない。
 窓の外では蝉が鳴いている。風の音も聴こえる。僕は蝉と風を絵に描きいれた。
 クーラーの空調音が聞こえる。僕はそれも絵に描きいれた。
 廊下で爆発音がする。僕はそれも絵に描きいれた。
 教室が騒然となる。教授がそれを宥めようと何やら言っている。
「テスト中は静粛に」
 僕はそれも絵に描きいれた。
 時間になった。解答用紙を後ろから前へと送る。むろん、劇画を描いているのは回収されない問題用紙の方だ。解答用紙を送るときは、劇画を机に伏せておいた。
 外に出ると、廊下が黒ずんで穴が開いており、警察が来ていた。
 僕はそれも劇画に描きいれた。
 描きあがった劇画はいつもと違うことが描いてあったと思いきや、劇画なのでいつもと同じような仕上がりになっていた。カラスがいて、銃を持った男がいて、蝉がいて、風があって、どこかで爆発していて、警察がいる。日常起こることを描いていっても同じになってしまうのだなと思った。
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