短編小説(2庫目)

 いいことがあった。いいことがたくさんあった。
 いいことが。
 いいことは……

 わからない。こんなに経ってもまだわからないまま。
 わからないことに逃げているのかもしれない。
 世界が終わったと思った。
 人生が終わったと思った。
 けれどそれは何一つ終わりではなく、人生は物語が終わるようには終わってくれない。
 これは余生ではなく、人生なのだと。

 いいことがあった。いいこと。いいこと。
 いいことのはずだった。
 そのはず。

 お前はそれをいいことだと思うのか?

 わからない。わからないまま。ずっと自分に反対のことを言い聞かせて、それでなんとか心を保つ。
 気を抜くとばらばらになってしまう。
 作り上げたもの、外に出すもの、何もかもが、ちぐはぐな人形みたいに、人ではないものになって、終わってしまう。
 浮いてしまう。
 だから俺は己に言い聞かせる、「いいことがあった」「あの人は優しい」「自分のためになった」。

 何一つ真実はない。
 真実?
 物事の受け取り方は千差万別なので何一つ真実などないというのは詭弁である。
 当人の中の当人の世界において、当人にとっての「真実」は必ず存在している。
 良きにつけ悪しきにつけ、真実は真実以外の何物でもなく、嘘もまた、嘘以外の何物でもない。

 そんなことはどうでもいい。
 問題は、こんなことをしている間に■■年が経ってしまったということ。

 失くし物を探している間に時は立ち、気が付くとこんなことになってしまっていた。
 それは確実に「悪いこと」であり、「いいこと」に転換するなんて奇跡は起きない。

 後から裏返ることがあるというのは知っている。
 でも問題は「今」であって、今苦しければ何の意味もない。今を乗り越えなければいけないのに。

 勇者は死んだ。
 残った俺が何だったのかと言うと、たぶん、何者でもない一般人、というのが正しいのだろう。
 何度も何度も勇者は死んだ。
 弔われることもなく。

 勇者の弔いはたぶん、しなくてもいい。
 どうせ後から蘇ってくるはずだから。
 勇者は死なない、だから俺は一時的に一般人をやっている。
 
 夢から覚めたら何もかも元通りになっているといい、と思うが、その「元通り」というものは存在せず、俺が「普通」だった時代などどこにも存在しないのだから、やっぱりそうなって終わりなのだ。

 いや、終わらないんだった。
 人生は続くのだった。
 それがどうしようもなくつらくて、耐えられなくて、でも今日は四月一日だからそれら全ては嘘だと主張することで、俺は元通りの「普通の一般人」に……

 なれたらよかった。

 そんな話。
29/157ページ
    スキ