短編小説(2庫目)

 蟹がヘーイと言いながらハサミしゃきしゃきさせてやってきたと思ったら、
「踊る曲が流行ってるらしいよ」
 と一言。
「前から流行ってたよな」
「流行ってたけど、定期的に流行るの! 〝なんとかの歌詞みたいに踊れ〟みたいなこと言ってる曲もあるし、踊る曲は流行るの!」
 足もしゃきしゃきしている。何かにノっているようだ。
「〝同じ阿呆なら踊らにゃ損々〟みたいな?」
「阿波踊りじゃんか~ってなるほど!」
 ハサミとハサミをぽん、と鳴らす蟹。
「昔から流行ってたんだよきっと」
「神に捧げるなんちゃらだもんな」
「そうそう! 蟹に捧げるものだから」
「えっ」
 そうなの?
「そうなの~」
「俺が習った歴史と違う……」
「蟹が現れてから色々ねじ曲がったからね。すごいでしょ」
「すごい。けど、現れてから、って」
 ねじ曲がったって?
「さて、何でしょう! ……蟹は昔からいたよ、安心して」
「ん~……うん……」
 蟹はごそごそとして、懐からチョコを取り出した。
「はい、チョコ」
「お、ありがとう」
「エアコンガンガンに効いてる今こそチョコだもんね~おいしい?」
「うん」
 煙に巻かれようが何だろうが、俺は今の生活が続くならそれでいいんだ。
 蟹と一緒に。
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