短編小説(2庫目)

「蟹」
「な~に?」
「記憶が無い」
「えっいつの」
「半年前」
「いつ気付いたの」
「昨日」
「遅くない?」
「無いものはわからないって言うだろ。〝無い〟からわからなかったんだ」
「それはまあ、お疲れさま」
「なんでお疲れさまなんだ」
「憑かれてるからでしょ」
「何に」
「病魔に」
「病魔って言い方古いな……」
「すみませんね、僕は概念だからそういう古い知識もあるんです」
「へえ……。で?」
「でって?」
「俺はどうすればいい」
「どうするって……いつも通りに暮らすだけでしょ」
「まあそうなんだけど、なんかSNSとか結構ブロックされてて、半年前の俺、一体何したんだって……」
「え?」

 蟹がハサミをしゃきしゃきさせる。

「別に何も?」
「何もって顔じゃないだろそれは」
「おかしいな~。……全部切ったと思ったのに」
「えっ」
 
 その後、蟹から執拗に寝な、と勧められ、俺は寝た。



 
「蟹ッターは安全なヒトしかいない反面、君みたいな病気になる奴は排斥されちゃうんだよね。それが理想郷の悲しいところさ」

 ちょきん、ちょきんと音がする度、世界の形が変わる。
 最後によし、と言って、蟹はハサミをしまった。

「じゃあね、旧世界の皆さん。またいつか!」
 
 いつかなんてないんだけど! そう言って、蟹は笑った。
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