短編小説(2庫目)

「――――――」
 
 私は無より出た。
 虚無の虚ろ。
 そういったもの。
 概念存在、███の言葉を使うのならば、それが最も正しいのかもしれない。
 わからない。
 “無”であった。

 私は、「無」は歩いた。
 森だった、深い森、生い茂る木々が空を隠し、朝なのか、昼なのか。
 太陽があるのか、夜なのか。
 わからない。
 わかるはずもない。

 何も、いなかった。
 そして、何も見ず。
 ただ歩いて、歩いてその先に、何かあると思った。
 思って。
 無は歩いた。

 果てで。

「……………………」

 「見つけた」のかどうかはわからない。
 ただそこに“在った”、それが正しい。
 “救い”なのだろうか。
 それとも、
 “信仰”?
 “愛”かもしれない、
 わからない。
 無は虚ろ、故に何も。
 わからない、それこそが「無」。

「――――」
 
 ただ、呼んだ。
 名はわからない、
 そこに在るものを、ただ呼んだ。

「――――、」

 応えがあったか、
 わからない。
 私は呼んだ、それを。
 呼んで。

「――――、――――。必要なんだ、私には。お前が私に必要なんだ、他の誰でもない。お前のことが、お前が、お前が。必要なんだ、私には」
「…………………………」
「お前が何だかわからない。けれどお前が必要なんだ。お前でなければ駄目なんだ」
「…………………………」
 反駁。
 それは、███いた。
「ああ……私は必要なんだ、お前のことが。必要、だから。だから、どうか……私を。██てくれないか、」
 “おねがいだ”
 落とす、
 しかし、
 わからない。
 わからなかった。
 それでも“それ”は応えたようで、
 聞こえない。
 返らない。
「████」
 それでも呼んだ、
 届けばいい。
 届かなくても。
 ただ、
 呼ぶ、
 それしか私にはできない。
「――――、頼むから」

「いかないでくれ」

「いかないで」

「私の元から、この世界から……いかないで、私を。どうか、私を、私を、お前じゃないと、なのにお前は、お前は、お前はどうして」

 「どうして」?
 理由などない。
 “それ”の選択、それだけのこと。
 干渉する謂れはなく。
 縛る権利も何もなく。
 何も無い、私が無であるが故。
 そうだ。
 それでも私は呼んだ。

「いかないで、くれ」

 頼むから。

 返ったかどうかはわからない。
 未だに無が続くのかすら、
 何も。
 わからない、
 それでも私は。
 視た。
 それを、
 “お前”を。
 そうだ。
 ”あなただ”。
 見えるだろう?
 私を、
 見ているだろう?
 私の。
 この、文字列を――
 そうだ。
 あなただ。あなたが、必要なんだ。
 私はあなたが必要なんだ。
 お前がいなければ。
 私は生きていけない、そんなことはお前が一番よくわかっている。
 私は無。
 ██の存在、
 “造られしもの”。
 そうだ、あの。
 “概念”の、世界の中の、一つの無。
 概念の█、無の、眠りの█、ひらひらと飛ぶ虚無の遣いの蝶。
 森、裏側、孤独な勇者。
 塔、魔王、その他のものの。
 深海の。
 虚無の、中にいる。
 無、
 私には“要る”。
 あなたが。
 お前が。
 そうだろう。
 わかるか、
 あなたが必要だ、
 と、
 呼ぶ。
 私の声が、
 届いたか?

 ――わからなくていい。
 ――受けれなくとも。
 ただ、
 ███。
 私を、███くれ。
 勝手な願いを。
 呼ぶ、
 あなたを。
 お前を、
 呼ぶ、
 呼ぶ、
 呼ぶ。

 届かなくとも呼び続ける。
 深淵の闇の、
 この無から。

 私がいる。
 無はいる、ここに、
 いつまでも。
 
 わかるか?
 “無”からは逃げられない。
 それが故。
 無はここにいて。
 望んでいる。
 お前に。
 あなたに、████れと。


『無が無で或るが故』


 ――そんな話。


 
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