短編小説(2庫目)
皆既月食の日。
俺は友人と久々に会った。
窓のある飯屋で、月食を見ながら酒でも飲もうといった体。
「やあ」
「よう」
数年ぶりに見た友人はひどく痩せていて、俺は彼の食事を心配してしまった。
大丈夫、ちゃんと食べてるよと言う友人に、そうかいと返すしかできない。
目の下のクマ。精神的に問題を抱えているんだと語る友人。
そのまま聞いていると、どんどん負の方面に話が転がっていった。
なんとかしようと焦るが、なかなか軌道を修正できない。
そのうちに話は金の話になった。
「なんとか節約しようとしてるんだが、家計簿がどうにも続かなくてね。君はどうしてる?」
「俺は……」
俺は毎月家計簿をつけていて、月の最低支出から娯楽に使える金額を算出していた。
「へえ。それは何円くらいなんだい?」
「それが、■円しかない。緊急の出費もそこから出さなきゃいけないんで、苦労してる」
「ふうん、■円……」
友人の酒を飲む手が止まる。
その目はすわっていた。
「そんなにあるんだ」
しまった、と思った。
「僕はコンビニで半額のパンを買うのすら躊躇してるっていうのに、君は毎月そんな高額使っているんだね」
まずい。
「いやあ……その」
返す言葉が見つからず、俺は口ごもる。
「いいとこの息子は羨ましいなあ。どうせ金に困ってもいざとなったら親に支援してもらえるんだろ? 僕に親はもういないからさあ……君が羨ましいよ」
「えっ、お前のご両親……」
「借金で首が回らなくなって、二人で蒸発したよ。残された僕に回ってきたってわけ」
「何が……?」
「親の借金が、だよ」
「それは……」
気の毒だな、とも、災難だな、とも言えず、俺はまた口ごもる。
「僕はもう正直どう生きていけばいいのかわからないよ。普通の人間はこんなに生きにくくないんだろう? 君はどうなんだい」
「……」
俺は俯き、自分のグラスに映った赤い月を見る。
皮肉にもそれはぞっとするほどきれいで、だからといってどうするわけでもない。会話の役に立つわけでもないからだ。
「すまん……」
「僕に謝られてもね」
「俺は普通の人間だから、お前の気持ちはわからないよ……」
「ふうん」
友人はじっと俺を眺め回す。
「いいね、着る服と帰る家があって」
「……貸そうか」
「服と家を?」
「いや、金を」
「冗談じゃない。友達にお金を借りるほど落ちぶれてないさ」
「……」
じゃあどうして友人は俺にこんな話をしたのだろうか。
「誰かに聞いてもらいたくてね」
「誰かに?」
「ここ最近ずっと外に出ていなくてね。誰とも会話していなかった。一人でいなくなるのも寂しいじゃないか。だから、最後に話を聞いてほしかった」
「最後に、って、お前……」
そのとき初めて友人は笑った。
「復讐さ」
「何のだ」
「僕をこんなにした、世界に」
「お前が誰かに危害を加えるというのなら俺は止めなきゃいけない」
「馬鹿だね。そんなことするわけないじゃないか」
「じゃあ……」
「僕が危害を加えるのは僕自身にだけさ。それで全て終わるんだから」
「……」
何も言葉が出なかった。
まるで俺の全ての感情が杭で打たれて地面に消えてしまったかのようだった。
「じゃあね。ごちそうさま」
伝票を俺に突きつけると、友人は席を立った。
俺はしばらくぼうっとしていたが、グラスに映った月が元の色に戻っていることに気付き、月食、終わってしまったな、と思った。
そんな話。
俺は友人と久々に会った。
窓のある飯屋で、月食を見ながら酒でも飲もうといった体。
「やあ」
「よう」
数年ぶりに見た友人はひどく痩せていて、俺は彼の食事を心配してしまった。
大丈夫、ちゃんと食べてるよと言う友人に、そうかいと返すしかできない。
目の下のクマ。精神的に問題を抱えているんだと語る友人。
そのまま聞いていると、どんどん負の方面に話が転がっていった。
なんとかしようと焦るが、なかなか軌道を修正できない。
そのうちに話は金の話になった。
「なんとか節約しようとしてるんだが、家計簿がどうにも続かなくてね。君はどうしてる?」
「俺は……」
俺は毎月家計簿をつけていて、月の最低支出から娯楽に使える金額を算出していた。
「へえ。それは何円くらいなんだい?」
「それが、■円しかない。緊急の出費もそこから出さなきゃいけないんで、苦労してる」
「ふうん、■円……」
友人の酒を飲む手が止まる。
その目はすわっていた。
「そんなにあるんだ」
しまった、と思った。
「僕はコンビニで半額のパンを買うのすら躊躇してるっていうのに、君は毎月そんな高額使っているんだね」
まずい。
「いやあ……その」
返す言葉が見つからず、俺は口ごもる。
「いいとこの息子は羨ましいなあ。どうせ金に困ってもいざとなったら親に支援してもらえるんだろ? 僕に親はもういないからさあ……君が羨ましいよ」
「えっ、お前のご両親……」
「借金で首が回らなくなって、二人で蒸発したよ。残された僕に回ってきたってわけ」
「何が……?」
「親の借金が、だよ」
「それは……」
気の毒だな、とも、災難だな、とも言えず、俺はまた口ごもる。
「僕はもう正直どう生きていけばいいのかわからないよ。普通の人間はこんなに生きにくくないんだろう? 君はどうなんだい」
「……」
俺は俯き、自分のグラスに映った赤い月を見る。
皮肉にもそれはぞっとするほどきれいで、だからといってどうするわけでもない。会話の役に立つわけでもないからだ。
「すまん……」
「僕に謝られてもね」
「俺は普通の人間だから、お前の気持ちはわからないよ……」
「ふうん」
友人はじっと俺を眺め回す。
「いいね、着る服と帰る家があって」
「……貸そうか」
「服と家を?」
「いや、金を」
「冗談じゃない。友達にお金を借りるほど落ちぶれてないさ」
「……」
じゃあどうして友人は俺にこんな話をしたのだろうか。
「誰かに聞いてもらいたくてね」
「誰かに?」
「ここ最近ずっと外に出ていなくてね。誰とも会話していなかった。一人でいなくなるのも寂しいじゃないか。だから、最後に話を聞いてほしかった」
「最後に、って、お前……」
そのとき初めて友人は笑った。
「復讐さ」
「何のだ」
「僕をこんなにした、世界に」
「お前が誰かに危害を加えるというのなら俺は止めなきゃいけない」
「馬鹿だね。そんなことするわけないじゃないか」
「じゃあ……」
「僕が危害を加えるのは僕自身にだけさ。それで全て終わるんだから」
「……」
何も言葉が出なかった。
まるで俺の全ての感情が杭で打たれて地面に消えてしまったかのようだった。
「じゃあね。ごちそうさま」
伝票を俺に突きつけると、友人は席を立った。
俺はしばらくぼうっとしていたが、グラスに映った月が元の色に戻っていることに気付き、月食、終わってしまったな、と思った。
そんな話。
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