浅瀬で溺れている

 神社。境内。
「静かだな」
「静かですね」
「……」
「……」
 先ほどからずっと、ハシウエは口数が少ない。
「どうした、疲れたか」
「いえ、そういうわけでは……」
 ハシウエが泣きそうな顔でこちらを見る。
「……■■さん」
「なんだ」
「俺……やっぱり……」
 その手が震えている。
 ハシウエは口元を引き結ぶと、言った。
「ここから逃げてください」
「何の話だ」
「ここは危ないんです」
「……」
「早く……」
 懇願。
「俺は逃げない」
 視線が合う。
「どうして、ですか」
「貴様の心配しているようなことはもう起こらない」
「な……」
「組織は俺が潰してきた」
「な……?」
「今日の午前中にな」
「………」
 ハシウエは何を言えばいいかわからないようで、口を開けかけては閉じるを繰り返している。
「……貴様が何を考えていたか、貴様の口から言ってもらおうか」
「それは……命令ですか?」
「いや。話したくないなら話す必要はない。俺がここからいなくなるだけだ」
「……、言います……」
 俺はじっとハシウエを見る。
 ハシウエは目を伏せる。
「■■さんはもうご存じかもですけど、俺は組織の実験で作られた戦闘用虚無生物のサンプルでした」
「標本か」
「そうです。……しかし、戦闘用虚無生物はコストパフォーマンスが悪く、研究は凍結。用済みになった俺も廃棄されそうになったんですけど、組織のために働くなら生かし続けてもらえると言われました」
「だからここにいるのか」
「はい。俺の最後の仕事が■■さん、あなたの暗殺でした」
「続けろ」
 俺は頷いてみせる。
「街中で派手に戦闘したりするとまずいのでこっそり殺せるよう隙を窺っていたんですが、あなたはなかなか隙を見せてくれなくて」
「……」
「本当は祭りに乗じて俺があなたを呼び出して、組織の者がここで狙撃する予定だったんです」
「……知っている」
「はい……。すみません」
「謝る必要はない。謝ったところで何か変わるわけでもない」
「はい……」
「話を続けろ」
「……」
「ハシウエ」
「……これ以上話しても、あなたにはもう全部知られているのに」
「俺は貴様の口から聞きたいんだ。話せ」
「……」
「なぜ計画を完遂させなかった?」
「それは……俺が……あなたを殺せなかったからです」
「なぜ殺せなかった?」
「俺があなたを……『好きになってしまった』からです」
「ハ。困ったな」
「困るどころか……でも、もし計画を最後まで遂行しようとしていても、組織が壊滅してたんですから何も起きませんでしたよね」
「ああ」
「あなたは俺を殺すことができたはずです。どうして殺さなかったんですか?」
「殺す理由がなかった」
「自分が命を狙われているのに?」
「貴様は俺のために絶叫をやめたからな」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「そんなことで……」
「貴様にとっては大したことではなかったとしても、俺にとっては世界が変わるほどのことだ」
「■■さん……流されやすいって言われません?」
「流されたわけではない。これは俺の意志だ。それに」
「……」
「貴様は若い。まだ如何様にも変われる」
「戦闘用虚無生物ですよ、俺は……。普通の人間のようにはいかない」
「それでも、だ」
「■■さん……でも、俺は、これからどうしたらいいのか」
「俺に聞くか、それを」
「すみません……でも……」
 ハシウエは俯きに俯く。しかしそこで奴は俺の足首に目を留めた。
「あ、ミサンガ……」
「ああ」
「こんな俺なんかの贈り物を……俺はあなたの命を狙おうとしたのに」
「どうでもいいんだよ、そんなことは。俺が変な趣味を持っている時点で命なんかはいくらでも狙われてきたからな」
「……」
「貴様は俺の傍にいたければいれば良いし、嫌ならば離れていけば良い」
「一緒にいさせてくれるんですか?」
「随分深入りしてしまったからな。このまま放り出すのも寝覚めが悪い」
「意外と面倒見良いんですね、■■さん」
「一応年上だからな」
「相手が俺だから、じゃないんですか?」
 にや、と笑うハシウエ。
「貴様……調子が戻ってきたみたいじゃないか」
「俺が■■さんのこと好きなのは本当ですし……」
「はあ……」
 ため息。
 だが、悪くはない。
「祭りが終わったらこの街を出る。着いてきたいか?」
「もちろんです」
「じゃあ、そうだな……今日は俺と祭りを楽しめ。初めてなんだろう」
「はい」
「さっきはゆっくりできなかったが、のんびり屋台でも見て回るぞ。解説してやる」
「はい……ありがとうございます」
「ああ」
 俺は頷く。

 夏の話。
8/8ページ
スキ