文披(ふみひらき)31題

 一日の終わりに、財布の中にある十円玉を一枚積む。
 それを繰り返していたら、机の上がいっぱいになった。
 途中から綺麗に積むのが面倒になって適当に積むようになったので、机の上はぐちゃぐちゃだ。
 以前はこの机も使えていたのだが、徐々に俺の調子が悪くなって使えなくなった。
 その頃だったかな、綺麗に積むのを諦めたのは。

 この部屋は湿度が高いので、十円玉はことごとく錆びている。
 青い机だ。
 緑青は身体に悪いという話もあったがそれは嘘であり、本当は無害だ。
 しかし緑青はいかにも身体に悪そうな外見をしているので、そう思われるのも無理はない……ような気もする。
 緑青まみれになった十円玉は埃を被り、机のある一角だけが放置された部屋のような外観になっている。
 まあ実際放置しているのだから、仕方ない。
 
 正直言って、俺は自分が生きることこそを放置したい。
 その気持ちが机の十円玉に表れているのだと思う。
 十円玉を粗末にすることで、悪感情を発散する。
 あまりうまいやり方ではないのは知っている。
 実際机が使えなくなっているわけだし。
 だが物理的に机が使えなくなる以前に精神的に机が使えなくなっていたのだから、まだましだと思う。
 どうだろうか。
 わからない。
 
 机の上を観察することしかできることがない。
 後はただ、寝るだけ。
 食料はネットスーパーで届く。
 それを食べたり食べなかったりして、また寝る。
 病気になりそうだ。
 いや、既になっているのか。
 こんな風に何もする気になれないのは何のせいなのだろうか?

 こうなる前は「わかっていた」ことが、こうなってからわからなくなった。
 何もわからず、何も確かではない。
 思考がばらばらになり、耐えられないから眠りに逃げる。
 眠った先では過去の記憶の拡大再生産を見て、じわりと目覚めて夢だとわかる。
 こうも眠っていると、現実と夢の境が曖昧になる。
 自分の年齢とか、今どこにいるかとか。
 手遅れだ。
 もはや過去の人間になってしまった。
 時間が止まっている。
 
 それをなんとかするために、時の流れを可視化するために、十円玉を積んでいる。
 だから、机を見れば一応「時が過ぎている」ということはわかる。
 机は優秀だ。
 いや、十円玉が優秀なのか。
 
 ただただ積んでいる。
 積めなくなるまで積んでいる。
 そして詰んでいる。
 そんなことはいいんだ。
 今日の分も積んで、寝る。
 明日も積むだけ。
 そんな話。
16/31ページ
スキ