短編小説(2庫目)

 宴は去れど、憂いは去らず。

 魔王を滅した勇者、つまり、俺……は、魔王討伐を祝う国を挙げての宴の後も、どこか気分が浮かないままで。
 仲間はいない。
 危険な旅に出るのは勇者だけでいい、というのと、ついてきてくれるような親しい人間はいない、というのと、まあ俺の信頼がないのと、勇者って存在が嫌われてるのと……色々理由はあったがまあそういうことだと思う。
 魔王を滅せよ、と言った神を、神官を、王を。
 彼らからの命を受けて俺は旅に出たわけだ。
 そして、敷かれた道の通りに魔王を倒して、帰ってきた。
 国を挙げての宴……が終わって、何もかも全てが終わって、俺は孤独になった。
 魔王を倒したこと、後悔はしていない。ただ、全てが終わった今ともなると、生まれる前に死んでしまった魔王のこと、何も疑わずにそれを殺した、対となる相手を消してしまった自分のことを考える。考えてしまう。
 あの魔王、は、まだ宝玉の状態だった。
 魔王……城も玉座も魔王の顕現に伴って自動生成されるもので、配下はおらず、国もなく、ただ魔王という属性と、世界の敵であるという役割だけを持って現れる。
 それが本当に世界の敵であったのか、ということと、滅されるほどの悪だったのか、ということと、そういうことはいくら考えても終わってしまったのだから無駄である。
 後悔はしていない、たぶんしていないのだが、悲しいな、とは思う。
 魔王という存在がどうしても悲しいのだ。何も疑わずに殺した俺も、国を挙げて行われた宴も、随分時が経った後で疫病に覆われた世界も、それじゃあ魔王の死なんてものは世界に何の影響も与えなかったのではないかと考える俺も、何もかも。
 誰が悪いわけでもない。ただただそれは起こったことであり、今となっては過去でしかない。
 それでは魔王を覚えているのは俺だけなのだろうか。
 国民も神官も王も魔王のことなど忘れ去り、普段通りの職務をこなしていることだろう。
 魔王の死と共に勇者の役目も終わったので、俺は田舎に隠居したが。
 王都は遠い。
 辺境の地の人々は、誰も魔王を知らない。
 俺が勇者だったということすら。
 魔王を知るのは俺一人なのだろうか。
 魔王を殺した俺一人なのだろうか。
 失われた対存在は一人で背負い続けるにはあまりに重い、ような気がしてしまう。
 勇者に選ばれた以上、強くあれ、墓までそれを持っていけ、おそらくそういうことが、世間的には正しいことだ。と思う。
 しかし俺は考えてしまう。
 孤独に死んだ魔王のことを覚えているのが俺だけなのは、なんだかとても寂しい、と。
 そんなのは俺の勝手なエゴだ。勇者は勇者、終わったことは忘れて一般国民として生きるべきなのだ。そんなことはわかっている。だが思ってしまう、この喪は、悼みは、墓まで持つには重すぎる。
 だからどうするというわけでもないし、どうすればいいかなんて思い付かない。
 とりあえず何か、俺がいなくなった後にでも、誰かが見つけて呼んでくれたらいいとか思ってこの手記を書いてるわけだが。
 本当に、どうするわけでもない。
 王は。神官は。神は。
 本当に魔王を忘れたのだろうか。
 終わった過去を問い直すのは愚行だとわかってはいる、が、離れてくれない。
 心に染みついたそれを。
 俺はもしかすると近いうちに王都に行ってしまうのかもしれない。
 王に、神官に、神に、魔王のことを問うてしまって、死んだ邪悪を掘り返す、神に背いた背教者として死ぬのかも。
 なんて、それだって未確定の未来にすぎないのだが、
 まあいいんだ。
 これを誰かが読んでいてくれるなら俺の目的は達成されるわけだし。
 一瞬だけでも知っていてくれたなら。
 勇者が生きて、魔王が死んだ、それだけの、終わってしまった過去のことを。
 そんなことを考えて、今日のお話はここまで。
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