文披(ふみひらき)31題

 黄昏時には魔のものが現れるという。
 そんなことを考えながら、黄昏時に歩いている。買い物に行くためだ。
 昼間は危険な暑さなので、こんな時間にしか外に出られない。
 わざわざ選んで黄昏時に歩いているというわけだ。
 
 何か面白いものがいないかきょろきょろしてみるが、何もいない。
 引きこもりの生活は退屈だ。毎日部屋に閉じこもって、寝るしかすることがない。刺激が少ない。
 だから、せめて魔のものぐらいは見ておきたい。誰に伝えるでもないが、そういうものを見ることができたらちょっとだけ嬉しいからだ。
 しかしながら俺は霊感と呼ばれるものを持ったためしがなく、おそらくゼロだった。
 魔のものは霊感がないと見えないのかと問われるとわからないが、たぶんそうだろう。
「はあ……」
 ため息を吐く。黄昏時でも暑い。危険な暑さだ。やっぱり夜にすればよかった。
 そんなことを考えていると、
「あ……」
 電柱のそばに「何か」を見た。
 群青色の小さな三角形がくるくると回っている。
 なるほど、これが魔のものか。
 ……本当にそうか?
 俺は三角形を注視する。
 こういうところから出てくる魔のものもいるが、これが「魔のもの」と断定するにはまだ早いだろう。
 まずは触れるかどうか確認してみよう。
 そう思って近付くと、近付いたぶんだけ三角形は離れてゆく。
 ははーん。
 これ、幻覚だな?
 なんだ、つまらない。結局俺に霊感はなく、三角形は魔のものなんてファンタジーなものじゃなかった。
 そう思って先に進む。スーパーに着くまでまだあと少しある。
 人通りはない。黄昏時は中途半端な時間なのだ。
 三角形は相変わらず俺の視界の隅でぐるぐる回っている。
 邪魔だなあ。消えてくれないかな。こんなものがあったら車が見えないじゃないか。
 俺は三角形を手で払おうとするが、消えない。
 まあ当然か。幻覚だしな。
 一人で頷いてみるが、ただの怪しい人になっただけだった。幸運なのは人通りがないこと。誰かが見ていたら俺は完全に怪しい人だ。通報されてしまう。
 いやそこまではいかないかもしれないが。
 まあまあ、いいんだそんなことは。
 魔のもの探しも飽きてきたし、さっさと買い物を終わらせて部屋に帰ろう。
 俺は足を速める。
 景色の流れるスピードが速くなる。
 信号のない横断歩道を渡って、しばらく行くとスーパーだ。
 黄昏時にスーパーの明かりがうっすらと浮かんでいる。
 三角形のぐるぐるがそれと合わさって、スーパーが何やら幻想的に見える。
 幻想的なスーパー。
 需要あるのか、そんなものは?
 
 俺はスーパーに入る。
 ここにも人がいなかった。
 かごを取り、野菜売り場で安めの野菜をいくつか見繕って、牛乳をかごに入れて、レジに向かう。
 セルフレジなので、店員さんはいない。
 バーコードを読み取って代金を払うと、俺はスーパーを出た。
 三角形のぐるぐるが視界に占める率はどんどん高くなる。
 邪魔だな。
 でも、払うこともできない。
 幻覚だからだ。
 肩にかけた袋を持ち直す。そうしないとどんどんずれてくるからだ。
 何が?
 袋が。
 三角形はぎらぎらと輝いている。
 さっさと帰って寝よう。ご飯は明日でいいや。
 重い身体を引きずるようにして、部屋に帰る。
 鍵を開けて、買い物袋を床に置いて、部屋に入って鍵を占める。
 何のことはない。いつものルーティンだ。
 違うのは、視界で群青色の三角形がぐるぐる回っていることだけ。
 パーティクルって言うんだっけ、こういうの?
 まあそんなことはどうでもいい。
 俺は買ってきたものを冷蔵庫に入れ、寝る準備をしてベッドに転がった。
 目を閉じると、三角形はますます鮮明になる。
 仮にこれが幻覚じゃなくて何かに取りつかれた結果だとしても、別に良い。
 朝になって俺が死んでいても、別に良い。
 退屈で苦しい人生が終わるだけだからだ。
 魔のものに会おうとしたのもそんな理由からだった。
 三角形は何の救いも示さず、ただぐるぐると回っている。
 どうせそんなものだ。世界を変える魔法なんてない。
 俺はこの部屋の片隅でひっそりと行方不明になるだけ。家族もいないから、行方不明者リストに載ることもない。
 つまらない人生だった。
 そうして三角形は俺を飲み込んだが、走馬灯も何もなく、俺の意識は浮上しなかった。
 それで終わり。
1/31ページ
スキ