短編小説(2庫目)

 失くした箱がどこにあるのか探していた。
 失くした箱は木製茶褐色で、この部屋のどこかにあるはずだった。
 引きこもっている間に随分と部屋は散らかってしまい、何がどこにあるのかすらわからない。いわゆるゴミ屋敷というやつだな。ここ部屋だけど。
 失くした箱の中には特に何も入れていなかったはずだった。というか、開けてはいけないと言われたので特に触らずに部屋の隅に転がしておいたのだった。
 そんな箱をなぜ探しているかというと、まあ……この世に愛想が尽きたので、例の箱を開けて呪い死のうかなという魂胆だ。
 箱をくれた人の話によるとあの箱はパンドラの箱と違って世界に災いをもたらすわけではなく、開けた者にだけ災いを呼び、その身を消失させるらしい。
 好都合じゃないか。消失するなら死体も残らないし、迷惑をかける相手を減らすことができる。
 行方不明になるらしいので大家さんとか不動産会社とかには迷惑かけるけどな。
 まあ……それは仕方がない。「探さないでください」の遺書でも残しておけばいい。
 あっでもまだ遺書書いてないな。
 書いてから探すか。
 そう思って、俺は遺書を書き始めた。
 
『この手紙を見つけた人へ
 俺は世界を恨んで死にます。なぜなら世界は俺に罪を背負わせたからです。
 罪は決して許されることはない。一度犯した罪は死によって償わなければいけません。
 皆は忘れればいいと言いました。けれどもそんなことは土台無理なことなのです。毎晩罪の記憶が蘇り、俺は悪夢を見ます。
 こんなことになったのも全てAのせいでした。しかしAは無事逃げ延びて、今は幸せな暮らしをしているそうです。
 俺はAを憎みます。後悔してほしいと思います。しかし後悔の色は全くなく、Aは罪のことを忘れていました。
 俺は許せませんでした。しかしせめて罪を少しでも軽くするために、俺は箱を開けて死のうと思います。それなら迷惑もかかりにくいし。
 友人をやってくれていた人にはごめんなさい。俺は心が弱かった。
 これ以上世間に迷惑をかけたくないので、さようなら。
 遺産は好きに使ってください。では』
 
「……」
 できた遺書を眺める。
「……暗いな!」
 こんなものを読んでも誰も楽しくならない。もっとエンタメ精神に溢れる遺書を書かないとだめだ。なぜなら、読んでいる人を楽しませないと読んではもらえないから。
「書き直しだ、書き直し」

『俺はわいわいがやがやしながら死にます。なぜなら、世界は俺にピャーを背負わせたからです。
 ピャーは俺にはちょっと重すぎました。困っちゃうね。当時はAが一緒に持ってくれるかな~と思ってたけどなんか無理だったっぽい。困っちゃうね。
 なので俺はピャーな気分になって、箱を開けて消えます。びっくりボックス。
 よくないと思う人にはごめん。でも、これしかなかったんだ。
 ピャーは誰にも受け継がれません。俺が一人で背負って死にます。
 これであんしん。よかったね!』
 
「……」
 できた遺書を眺める。
「全ッ然面白くない……」
 明らかに滑り散らかしている。こんなものを誰が読むんだ? 遺書にエンタメ精神を持ち込んだのは間違いだった。筆は軽いのに心だけ重いのでほのぼののふりをした闇深になってしまう。ここは投稿サイトでもなんでもないんだぞ。
 そうだ、投稿サイトに投稿しておけば誰でも読めるじゃないか。とても親切。そうするか。
 
 俺は二種類の遺書を二つとも投稿した。
「これで準備は完璧だ」
 箱探しに戻る。
 部屋には■■年分の書類が溜まっていて、期限の切れた何やらとかもういらなくなった何やらなどがたくさんある。
「全部まとめて資源ごみ行きだな……」
 俺は書類をまとめてひもで縛った。
 すっきり。
 書類は片付いたが、箱は見つからない。
 たたんでいない服やら何に使うのか忘れられたコードやらがたくさん落ちていて、未だ床も見えない。
 さすがに散らかしすぎた。俺は反省する。
 しかし反省しても何にもならない。箱を見つけなければ。あと、大家さんが部屋に来たときに困らないように、物を捨てておかなければ。
 しかしそうなったらそうなったで、箱が見つからなかったら俺はまだこの部屋に住み続けなければいけないわけだ。
 全て捨ててしまうわけにはいかない。
 どうするか。
 まあとりあえず、いらないものだけ捨てよう。
 そう思って、また箱探し兼片付けを再開する。

「…………」
 いらないものはたくさんあった。壊れたガジェットに買ってすぐ積んだ本、使わなくなったペン。
 たくさんありすぎた。
 どれもこれも「まだ使うかも……」と思ってしまって捨てられない。
 馬鹿だ。死んだら使えなくなるのに何が「まだ使うかも……」だ。
 本当は死にたくなんかないんじゃないのか?
「……そうだよ」
 自分の質問に自分で答える。
「死ぬよりうまく生きる方法があれば俺だって死にたくなんかないよ。……でもさあ。景気はどんどん悪くなるし、物価もどんどん高くなるし、老化で体調も悪くなる一方、精神年齢だけが突出して低い。そんな現状だぜ? もう詰んでるだろ。おしまいにしたいじゃないか」
 答える者はない。当然だな。
 しかし全て回答してやらないと遺恨が残る。
「引きこもりは時間が止まるって言うだろ。あれ、本当なんだぜ。引きこもりは引きこもった年齢のまま、心の時間が止まってしまって幼いまま。社会に出ても何の役にも立ちやしない。そこに来て、俺は身体も心も壊してる。役に立たないなりに働いてみようとするのは良いことだと思うぜ、でもそれすらできない奴はいったいどうしたらいいんだ? 苦しむしかないのか? 病気にさえならなきゃもっといい人生送れてた……なんてことを思うのはナンセンスだってのはわかる。でも最近思うんだよな。この罪とやらは重すぎて、俺の存在は世間に多大な迷惑をかけてるってこと。役に立たない人間に税金払うのはいやだってメンタリストも言ってたろ? そういうことだよ。俺なんて死んだ方がいいんだ」
 そんなことを言いながらも本当は引き留めてほしがっているんだ。そうに違いない。死にたい人は本当は生きたいんだ。疲れ切っているだけで。
「黙れよ……生きたくなんかない、こんな世の中で生きても苦しむだけ……地獄なんだ。死んだ方がいいんだ、だから箱を探さないと」
 そうだ。俺の言う通りだ。だから箱を探さないと。
 
 俺は箱を探した。夜が明けて、日が昇っても箱を探した。
 部屋はとてもきれいになって、床も見えるようになった。
 たくさんの物をゴミ袋に詰め、病室のようになった。
 そうだ。
 ここは本当は病室だったのではないか?
 俺の帰る家はまた別の、遠いところにあって、箱はそこにあるのではないか?
 箱は見つからない。確かにあのときもらったはずなのに、いったいどこへ消えてしまったのか。
「…………」
 仕方がないので脳内に箱を召喚し、それを開けようとする。
 古びた汚い木箱。
 埃っぽい木箱。
 手が汚れるのは嫌だが、開けなければ俺は死ねない。
 開けようとする。
 しかし蓋が固い。
 ずっと引きこもって筋力の落ちた俺には開けることができないのだろうか。
 仕方がないので脳内にハンマーを召喚し、ハンマーで箱を叩く。
 箱はぱかん、と空いた。
 
「   」
「       」



「……で、遺書がこれなのね」
「そうらしいですね」
「何? URLだけ? せめて二次元コードにしなさいよ」
「私に言われても……」
「とにかく、アクセスしてみるわ。マルウェア感染とかになったらあの野郎、許さないけどね」
「許すも許さないも、とっくに死んでるみたいですけど」
「ふん。えーと、http……あら?」
「どうされましたか」
「このページは存在しませんってなるわ。やっぱりこの遺書は詐欺なのかしら」
「私にも見せてください」
「いいわよ。これ」
「……ああ。これ、小説投稿サイトですね」
「小説投稿サイトに遺書投稿したってわけ?」
「そのようです。しかし……BANされたようです」
「BAN?」
「おそらく、内容が過激だったので制裁を食らったのでしょう」
「はー。現実でもネットでも死んだってわけ」
「まあ、そうでしょうね」
「迷惑な話ね~! まあ、死体を残してないだけましなのかも」
「ですね」
「さっさと片付けましょ」
「そうですね」


(おわり)
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