短編小説(2庫目)

 地平線だった。
 見渡す限り。
 俺は海に辿り着いた。

 長く、旅を続けてきた。
 心のどこかで永遠に辿り着けないと思っていた、しかしそれは思ったよりも近く。
 距離的な近さではない。概念的な近さだ。
 いつ辿り着けるかはわかっていなかったし、道もわからない。ただ、方向だけがわかっていた。
 そこを目指して幾星霜……というわけでもない、実際そこまで経っていない、が、どのくらい経ったかは忘れてしまった。
 ずっとずっと昔、暗闇の中にいたときに別の海を眺めて絶望に沈んでいたときとは違うように思う。
 あの時は自分のあまりの能力のなさ、物事のできなさで世界の全てに絶望していて、海が俺を侵食し、消し去ってしまっても構わないなんて思っていた。
 今この別の海を見ていると……碧いな、と思う。
 海はこんなに碧かったかと。
 あのときのねずみ色の海とは違う。あのとき、凍り付く風が吹き、鉛色の雲が垂れ込めていたあの海とは。
 だが案外、この海もあの海と同じで、俺の心持ちが変わったから違う海だと感じているだけなのかも。
 それはわからないし、別にわからなくてもいいのだと思う。
 空は、と言うと、快晴なわけでも曇っているわけでもない。
 晴れている中に微妙に雲が出ている。どっちつかずだ。まあこういうどっちつかずの方が俺にとってはいいんだと思う。物事って白黒はっきり決められるものでもないし。どんな幸せの中にも心配事は存在している……そうだろう。たぶん。知らないが。
 そんなわけで海に来たんだ。
 だがここからどうするわけでもない。海に出る勇気はまだないし。
 だからしばらく俺はここで過ごすんだと思う。
 シーサイドに一人キャラバンを留めて、概念の馬をつないで、海を眺めて過ごすのだろう。
 以前なら否定していた、停滞は悪だと。
 だが今は言える、停滞は必要なのだ。思考は必要なのだ。それこそが次なる道への指針を生むのだから。
 俺はしばらく海に住む。
 報告はそんな感じだ。
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