短編小説(2庫目)
あるとき、あるところに、ヒーローがいた。
ヒーローたちはある日突然現れた怪人集団「敵」と戦っていた。
激しい戦いで他のヒーローたちは倒れていき、敵もまた倒れていき、全ての戦いが終わった後、ただ一人残されたヒーローがいた。
死んでいった他のヒーローたち同様、そのヒーローにも力があった。しかし大した力ではない。
そのヒーローの能力は、常人より少し頭の回転が早いことだった。
それが役に立ったことはない。ヒーローが戦線に立つころにはもう、敵も味方も死に絶えていたのだ。
戦いが終わっても、終わらなかったとしても、ヒーローという存在は邪魔者だった。
ヒーローという存在は、怪人が正義側に回った姿である。
洗脳装置が抜かれた姿。
他者と違う能力で世を乱す。
他者と違う見た目で世を乱す。
一人残ったヒーローは、国の補助金で毎日食べて寝るだけの、生きているのか死んでいるのかわからない生活をしていた。
ヒーローは己の存在意義のことを考えていた。
私は怪人。
私は邪魔者。
ヒーローは思った、自分を消せば敵は真にいなくなる、平和な時代に戻るのではないかと。
そこでヒーローは区役所のヒーロー課に相談に行った。
「すみません、昨日電話でアポ取りしましたヒーローの者ですが」
「ああ……6509番さん? 最後のヒーローの」
ラフな格好の職員が、クリアファイルで首元を仰ぎながら窓口にやってくる。
「ええ、最後のヒーローです」
ヒーローは肯定した。
「知ってるよ……国の金使って穀潰しやってるって評判だ」
「すみません」
頭を下げるヒーロー。
「困るんだよねえ。そういうの。さっさといなくなってくれた方がいいんじゃないの?」
「今日はそのことで相談に来たもので……」
「へぇ。どんなこと?」
「私は死んだ方がいいのではないかと」
「何ぃ~?」
職員は肩眉を上げる。
「死ぬってぇ~?」
「ええ」
「困るよぉ、君」
クリアファイルをパタパタさせながら、職員。
「困ると言いますと……」
ヒーローは問う。
「君の後ろにはたくさん人がいるの。それで飯食ってるの。君、最後のヒーローでしょ? 君がいなくなるってことは、ヒーロー課がなくなるってことなの。ヒーロー課がなくなったら、課が委託してる業者さんたちみんな仕事なくなっちゃうじゃない!」
「そうなんですか」
「全くこれだから世間知らずのヒーロー様は困るね! 少しは世の中に馴染む努力をしたらどう?」
「すみません」
「かの有名な0005番さんのこと覚えてる? 彼はヒーローしながらその頭脳を生かして政治家までやってただろ。君も政治家になれとまでは言わないが、資格でも取って教師にでもなればいいじゃないか。それか、ヘルパーでもするか」
「すみません……あまり調子がよくなくて」
「それだよ、それ。聞けば君、頭の病気なんだって? ヒーローともあろう者が情けない。戦争が終わって大した心の傷もない時代に生きてる癖に、軟弱にもほどがある」
「申し訳ない……」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ、わかる?」
クリアファイルをヒーローにびしりと突きつける職員。
「私が君のような特殊能力を持ったら、それを社会に生かそうと思うけどねえ。ほんと、羨ましいご身分だよ、ヒーローってやつは」
「あの、それで……」
「はあ?」
「私が死ぬという案は……」
「却下だ、却下! 君ねえ、これ相手が私だったからいいけど、もっと上の人間が相手してたらこんなんじゃ済まないよ? 年金減らされるかもしれないし」
「それは困りますね」
「だろう? 困るだろう? わかったらさっさと帰った帰った。君の背後にたくさんの人間がいるってこと忘れないで、せいぜいまっとうに生きて人の役に立つことですね。わかったら、反省して明日から心入れ替えて生きなさい」
「はい……すみません」
「じゃ、帰った帰った。私も暇じゃないんでね」
そう言うと、職員は中に引っ込んで行った。
ヒーローはしばらくそこに立ち尽くしていたが、ややあって、元来た道を帰り始めた。
ヒーローはコンビニに立ち寄り、そこでおにぎりとカップ麺を買い、家に帰る。
四畳半のアパートである。
ヒーローは買ってきたおにぎりを冷蔵庫に入れ、カップ麺を部屋の端に置き、敷きっぱなしの布団に横になった。
会うことのなかった先輩ヒーローのことや、倒すことのなかった敵のことを考える。
ヒーローは何も成し遂げなかった。
何の役にも立たなかった。
唯一の取り柄の特殊能力も、頭の病気で駄目になった。
ヒーローは、戦争を終わらせる、とか、世の中の役に立つ、とかよりも本当は、自分の存在を終わりにしたかった。
しかし自分が死ぬと多くの人が路頭に迷ってしまうことを知った今、終わりにすることはできなくなった。
ヒーローは生きるしかない。
死ぬまで。
生きているのか死んでいるのかわからないような生活がどれだけ続くのだろうか、と思って、
いっそ敵になってしまおうか、と思って、
そんな気力もないので今日も寝て食べて寝るだけの生活。
ヒーローは死なない。
そんな話だった。
ヒーローたちはある日突然現れた怪人集団「敵」と戦っていた。
激しい戦いで他のヒーローたちは倒れていき、敵もまた倒れていき、全ての戦いが終わった後、ただ一人残されたヒーローがいた。
死んでいった他のヒーローたち同様、そのヒーローにも力があった。しかし大した力ではない。
そのヒーローの能力は、常人より少し頭の回転が早いことだった。
それが役に立ったことはない。ヒーローが戦線に立つころにはもう、敵も味方も死に絶えていたのだ。
戦いが終わっても、終わらなかったとしても、ヒーローという存在は邪魔者だった。
ヒーローという存在は、怪人が正義側に回った姿である。
洗脳装置が抜かれた姿。
他者と違う能力で世を乱す。
他者と違う見た目で世を乱す。
一人残ったヒーローは、国の補助金で毎日食べて寝るだけの、生きているのか死んでいるのかわからない生活をしていた。
ヒーローは己の存在意義のことを考えていた。
私は怪人。
私は邪魔者。
ヒーローは思った、自分を消せば敵は真にいなくなる、平和な時代に戻るのではないかと。
そこでヒーローは区役所のヒーロー課に相談に行った。
「すみません、昨日電話でアポ取りしましたヒーローの者ですが」
「ああ……6509番さん? 最後のヒーローの」
ラフな格好の職員が、クリアファイルで首元を仰ぎながら窓口にやってくる。
「ええ、最後のヒーローです」
ヒーローは肯定した。
「知ってるよ……国の金使って穀潰しやってるって評判だ」
「すみません」
頭を下げるヒーロー。
「困るんだよねえ。そういうの。さっさといなくなってくれた方がいいんじゃないの?」
「今日はそのことで相談に来たもので……」
「へぇ。どんなこと?」
「私は死んだ方がいいのではないかと」
「何ぃ~?」
職員は肩眉を上げる。
「死ぬってぇ~?」
「ええ」
「困るよぉ、君」
クリアファイルをパタパタさせながら、職員。
「困ると言いますと……」
ヒーローは問う。
「君の後ろにはたくさん人がいるの。それで飯食ってるの。君、最後のヒーローでしょ? 君がいなくなるってことは、ヒーロー課がなくなるってことなの。ヒーロー課がなくなったら、課が委託してる業者さんたちみんな仕事なくなっちゃうじゃない!」
「そうなんですか」
「全くこれだから世間知らずのヒーロー様は困るね! 少しは世の中に馴染む努力をしたらどう?」
「すみません」
「かの有名な0005番さんのこと覚えてる? 彼はヒーローしながらその頭脳を生かして政治家までやってただろ。君も政治家になれとまでは言わないが、資格でも取って教師にでもなればいいじゃないか。それか、ヘルパーでもするか」
「すみません……あまり調子がよくなくて」
「それだよ、それ。聞けば君、頭の病気なんだって? ヒーローともあろう者が情けない。戦争が終わって大した心の傷もない時代に生きてる癖に、軟弱にもほどがある」
「申し訳ない……」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ、わかる?」
クリアファイルをヒーローにびしりと突きつける職員。
「私が君のような特殊能力を持ったら、それを社会に生かそうと思うけどねえ。ほんと、羨ましいご身分だよ、ヒーローってやつは」
「あの、それで……」
「はあ?」
「私が死ぬという案は……」
「却下だ、却下! 君ねえ、これ相手が私だったからいいけど、もっと上の人間が相手してたらこんなんじゃ済まないよ? 年金減らされるかもしれないし」
「それは困りますね」
「だろう? 困るだろう? わかったらさっさと帰った帰った。君の背後にたくさんの人間がいるってこと忘れないで、せいぜいまっとうに生きて人の役に立つことですね。わかったら、反省して明日から心入れ替えて生きなさい」
「はい……すみません」
「じゃ、帰った帰った。私も暇じゃないんでね」
そう言うと、職員は中に引っ込んで行った。
ヒーローはしばらくそこに立ち尽くしていたが、ややあって、元来た道を帰り始めた。
ヒーローはコンビニに立ち寄り、そこでおにぎりとカップ麺を買い、家に帰る。
四畳半のアパートである。
ヒーローは買ってきたおにぎりを冷蔵庫に入れ、カップ麺を部屋の端に置き、敷きっぱなしの布団に横になった。
会うことのなかった先輩ヒーローのことや、倒すことのなかった敵のことを考える。
ヒーローは何も成し遂げなかった。
何の役にも立たなかった。
唯一の取り柄の特殊能力も、頭の病気で駄目になった。
ヒーローは、戦争を終わらせる、とか、世の中の役に立つ、とかよりも本当は、自分の存在を終わりにしたかった。
しかし自分が死ぬと多くの人が路頭に迷ってしまうことを知った今、終わりにすることはできなくなった。
ヒーローは生きるしかない。
死ぬまで。
生きているのか死んでいるのかわからないような生活がどれだけ続くのだろうか、と思って、
いっそ敵になってしまおうか、と思って、
そんな気力もないので今日も寝て食べて寝るだけの生活。
ヒーローは死なない。
そんな話だった。
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