蛇を積む
「おはようございます、人間さん」
朝。食堂に行くといつものように人型ロボットが挨拶をしてくる。
「おはようございます」
「昨日は上司の方が来られてよかったですね!」
「そうですね」
「人間のために蛇が動いてくれるなんてとても光栄でしょう。あなたも蛇に感謝しなければいけませんよ」
「そうですね」
「さあ、今日の朝食はベーコンエッグです」
「おいしそうですね」
「きっとおいしいですよ! さあどうぞ」
「ありがとうございます」
俺はベーコンエッグをもそもそと食べ――悔しいがそれはとてもおいしかった――トレーを片付けると、寮を出た。
◆
「おはよう! 人間くん!」
「おはようございます、シュレーディングさん」
「具合はどうかね? どこか痛いところなどは……」
「ないです」
「メンタルはどうかね? 何か気になっていることやトラウマなどは」
「……ないです」
「それはなにより! では、本日も出社といこうか」
「わかりました」
エントランスを通り、廊下を歩き、いつもの部屋。
一日ぶりだが、土日を挟んだときと違ってなんだか「帰ってきた」という感じがする。
と言っても今日は金曜日なので、今日の勤務を終わらせれば休みなのだが。
「どうかね?」
「ええと」
「帰ってきた感じがするかね?」
「……はい」
「それはよかった! ……さて人間くん! これが台車だ」
そうだ、この台車を取るために廃倉庫に行って危ない目に遭ったのだった。
「ありがとうございます」
「これで運ぶのが楽になるだろう」
「はい」
「では、今日も楽しく働きたまえ! 努力は人を高次の存在へと染め上げるのだからね」
「は、はい」
高次の存在って何だろうと思ったが、いつもの上司のよくわからない発言だろうと思い、気にしないことにした。
◆
台車を入手し、ペットボトルの運搬はとても楽になった。
虚無から溢れ出てくるペットボトルを段ボールに詰め、その段ボールをいくつか台車に積み上げ、ごろごろと押していけば、かなりの数のペットボトルを運ぶことができる。
昨日一日休んだぶんのペットボトルなんかすぐに運べてしまった。
革命レベルだ。仕事の効率が上がる。
上がったところでどうというわけでもないが。
部屋に戻ると段ボールからペットボトルを取り出しつつ積み上げていく。崩れては積み、崩れては積み。
積み上げたペットボトルは次の日になるとある程度なくなっている。
きっと俺が帰った後、誰かが入って作業しているのだろう。
シュレーディングかもしれない、と思って、頭を振る。
シュレーディングではないかもしれないし、だいいちシュレーディングがそんな作業をするとは思えない。想像がつかない。
知識が足りないと、とても関連性のなさそうことを関連づけようとしてしまう。俺には情報が足りない。
だけどどうでもいいんだ、そんなことは。
人間は知らなくてもいい。たぶん知ってはいけないことだし。
ため息を吐く。
そもそも出荷されているのだろうか。
積み上げられたペットボトルは。
どこに?
だが、そんな興味を持ってしまうこともおそらく、よくないことなのだろうという気がした。
心を殺さねばならない。
蛇にとって「正しい人間」になることは死ぬことで、蛇を理解することは堕ちることだが、そのどちらにもならないように、心の水面を凪にして、何も感じないように、疑問に思わぬように。
……本当に、それでいいのだろうか。
うどんを持ってきたシュレーディングの浮かれた姿を思い出す。
蛇は本当は、俺にも理解可能な生物なのでは?
違う。他の蛇は相変わらず俺に冷たい。シュレーディングが特別なだけだ。
特別?
特別って、何だ?
俺はシュレーディングのことを何だと思っているんだ?
「人間くん!」
俺ははっと我に返る。
「何、ですか」
「ランチの時間だよ」
「……すみません」
「謝ることはないよ。集中していたのかな? 感心感心。けれど、社員食堂のロボットが心配しているので早く行ってあげたまえ。タイムカードは私が押しておくから」
「はい……ありがとうございます」
「なんのなんの! 行ってらっしゃい」
シュレーディングがウィンクをする。
瞼のある蛇か……などと考えながら、俺は食堂に向かった。
朝。食堂に行くといつものように人型ロボットが挨拶をしてくる。
「おはようございます」
「昨日は上司の方が来られてよかったですね!」
「そうですね」
「人間のために蛇が動いてくれるなんてとても光栄でしょう。あなたも蛇に感謝しなければいけませんよ」
「そうですね」
「さあ、今日の朝食はベーコンエッグです」
「おいしそうですね」
「きっとおいしいですよ! さあどうぞ」
「ありがとうございます」
俺はベーコンエッグをもそもそと食べ――悔しいがそれはとてもおいしかった――トレーを片付けると、寮を出た。
◆
「おはよう! 人間くん!」
「おはようございます、シュレーディングさん」
「具合はどうかね? どこか痛いところなどは……」
「ないです」
「メンタルはどうかね? 何か気になっていることやトラウマなどは」
「……ないです」
「それはなにより! では、本日も出社といこうか」
「わかりました」
エントランスを通り、廊下を歩き、いつもの部屋。
一日ぶりだが、土日を挟んだときと違ってなんだか「帰ってきた」という感じがする。
と言っても今日は金曜日なので、今日の勤務を終わらせれば休みなのだが。
「どうかね?」
「ええと」
「帰ってきた感じがするかね?」
「……はい」
「それはよかった! ……さて人間くん! これが台車だ」
そうだ、この台車を取るために廃倉庫に行って危ない目に遭ったのだった。
「ありがとうございます」
「これで運ぶのが楽になるだろう」
「はい」
「では、今日も楽しく働きたまえ! 努力は人を高次の存在へと染め上げるのだからね」
「は、はい」
高次の存在って何だろうと思ったが、いつもの上司のよくわからない発言だろうと思い、気にしないことにした。
◆
台車を入手し、ペットボトルの運搬はとても楽になった。
虚無から溢れ出てくるペットボトルを段ボールに詰め、その段ボールをいくつか台車に積み上げ、ごろごろと押していけば、かなりの数のペットボトルを運ぶことができる。
昨日一日休んだぶんのペットボトルなんかすぐに運べてしまった。
革命レベルだ。仕事の効率が上がる。
上がったところでどうというわけでもないが。
部屋に戻ると段ボールからペットボトルを取り出しつつ積み上げていく。崩れては積み、崩れては積み。
積み上げたペットボトルは次の日になるとある程度なくなっている。
きっと俺が帰った後、誰かが入って作業しているのだろう。
シュレーディングかもしれない、と思って、頭を振る。
シュレーディングではないかもしれないし、だいいちシュレーディングがそんな作業をするとは思えない。想像がつかない。
知識が足りないと、とても関連性のなさそうことを関連づけようとしてしまう。俺には情報が足りない。
だけどどうでもいいんだ、そんなことは。
人間は知らなくてもいい。たぶん知ってはいけないことだし。
ため息を吐く。
そもそも出荷されているのだろうか。
積み上げられたペットボトルは。
どこに?
だが、そんな興味を持ってしまうこともおそらく、よくないことなのだろうという気がした。
心を殺さねばならない。
蛇にとって「正しい人間」になることは死ぬことで、蛇を理解することは堕ちることだが、そのどちらにもならないように、心の水面を凪にして、何も感じないように、疑問に思わぬように。
……本当に、それでいいのだろうか。
うどんを持ってきたシュレーディングの浮かれた姿を思い出す。
蛇は本当は、俺にも理解可能な生物なのでは?
違う。他の蛇は相変わらず俺に冷たい。シュレーディングが特別なだけだ。
特別?
特別って、何だ?
俺はシュレーディングのことを何だと思っているんだ?
「人間くん!」
俺ははっと我に返る。
「何、ですか」
「ランチの時間だよ」
「……すみません」
「謝ることはないよ。集中していたのかな? 感心感心。けれど、社員食堂のロボットが心配しているので早く行ってあげたまえ。タイムカードは私が押しておくから」
「はい……ありがとうございます」
「なんのなんの! 行ってらっしゃい」
シュレーディングがウィンクをする。
瞼のある蛇か……などと考えながら、俺は食堂に向かった。