短編小説(2庫目)

 悪ではなかった魔王が死んだから、俺は復讐をした。
 それは非常に簡潔で、■■年燻っていたにしてはあっけない終わり方だった。
 どちらにせよ、勇者であった俺が王に対してできる復讐などたかが知れている。大したことのない、ささやかなもの。

 魔王は死んだ。その死を知る者は誰もいない、いなかった。
 俺は物語を作った、魔王についての物語を。
 もちろんそれは真実ではない、ただのおとぎ話。
 勇者が■を殺した話。■を殺した勇者が駄目になった話。
 それだけ。
 誰の責任を問うでもなく、俺はそっとその話を流した。

 結果、何が変わったでもない。ただなんとなく、周囲の「勇者」を見る目が変わっただけ。
 王は……わからない。ひょっとすると支持率ぐらいは下がっているかもしれない。
 だとすると、俺は国を傾けた大罪人になるのか。
 いつか王都に呼び出される日が来るのかもしれない。
 だがまあ、支持率が下がるくらいは大したことじゃない。王都は遠いし、今や俺は別の国にいるのだし。

 遠くに行った者は戻らないが、その死を悼むことぐらいはできる。
 だから俺は魔王の死を悼んで、祈った。
 生まれる前に死んだ魔王は今ごろきっと、別の場所にいるのだろう。
 俺のことも世界のことも忘れて。
 それならよかった。
 討伐を命じて俺を追放した王は今ごろきっと、疑問符を頭に浮かべているのだろう。
 ■■年経った今さらなぜ、と。
 それなら■■。

 何にせよ、これで俺は忘れた。
 ようやく前に進めるのなら、それはきっと祝福だろう。
 神からの祝福なんかよりずっとまともな、己からの祝福。
 そして、死んでしまった魔王からの祝福。
 それが呪われたものであってもよかった。
 ようやく全てが終わったのだから。

 そうして俺は筆を置いた。

 そんな話。
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