短編小説(2庫目)

 遠くに行ったものは戻らないと何度自分に言い聞かせても変わらないのは俺がどうしてしまったからだろうか?

 世界が寒冷化してしまった今ではもう取りに行けないほど遠く、雪が深く積もった地方にそれを埋めてからというもの、
 俺の生活は違ってしまった。

 ずっと布団で眠っている。飯もろくに食べない、食べられない。眠気が勝つのだ。
 眠っているから腹が減る、起きられないから腹が減る。
 チョコレートを食べる夢を見る、食べても食べても満腹にはならず、腹を空かして夢の中を探し回っている。
 楽にはなれない。
 俺はいったい何を置いてきてしまったのか、「正気」だろうか? 「社会性」だろうか?
 精神的なものであるのは確かだろう。

 それの弔いをしなければならないのは間違いがない。けれど誰にも明かしたくなくて、ずっとそのままにしたし、してきた。

 救われないのだ。

 寒冷化した世界には雪が降っており、窓の外が埋まっている。
 天井は斜めになっており、ときどき雪が降ってくるのが見える。カーテンを引いているから音だけだが。

 深い雪に閉ざされてしまったので、自分の呼吸と臓器の動く音しか聴こえない。
 ずっと布団にくるまってそれを聞いていると、気が狂いそうになる。いや、もう狂っているのかも。
 こんな生活をしている時点で俺は正常じゃない。
 わかっているのにやめられない。
 気絶したように眠ってしまう。

 友人たちはこんな世界になってもなんだかんだで懸命に暮らしているらしい。
 みんなあんなに頑張っているのにどうして俺はこうなんだろう。
 どうして起きて社会に混じれないのだろう。
 考えても答えは出ないし、思考自体がただの精神的自傷であるとわかっていても考えることがやめられない。

 あれを遠くに埋めてしまったことはおそらくは大きな罪であり、俺は一生かけてそれを償わなければならないのだろう。
 余生を全てかけても足りない。一生でも足りない。死んだ後もずっとずっと、雪に埋もれていなければ償えない。

 不可能なことを為すのは不可能である。
 それを課すのは求道である。
 それじゃあ何だ、俺はどこかの怪しい団体にでも入ればいいのか?

 根源的な自責。
 それが解けぬ限り、俺はずっとこうなのだろうと思う。
 なんだ、答えは出てるじゃないか。
 俺がこうなのは、皆に混じれないのは、それを埋めたから……そのことをずっと悔いているから。
 それさえ解決してしまえば俺は社会に混じれるのか?
 ……わからない。

 考えれば考えるほど不安が湧いてきて、そうだ、雪に閉ざされてから随分と経った。本当に世界は生きているのだろうか?
 静かすぎてわからない。ときどき上を通る飛行機の音だけがこの世界がまだ生きていることを示している。
 しかしそれだって飛行機に擬態した巨大生物かもしれないじゃないか。

 そんなことはどうでもいいし、考えたって何にもならない。
 停滞しているだけ。同じところで足踏みしているだけ。
 ずっとそれを繰り返している。何もかも、わかりきったことを何度も繰り返す。
 世界がループしてるんじゃない。俺がループしてるんだろう。何度も何度も。
 
 ただ一つわかることは――
 ハッピーエンドはなかった。
 そのまま世界は続く。
61/157ページ
    スキ