短編小説(2庫目)

 言いたいことがあったはず。
 けれど頭がぼんやりとしているのでとりとめのない話になる。

 失ったもの。
 俺がそれを探してる間にも、上の段階でものを欲しがってる奴はいっぱいいる。
 そのことに惨めになりこそすれど、明るい気持ちにはならない。
 上の段階に行ったってものを欲しがらなきゃいけないんなら無駄じゃないか。結局ずっとものを欲しがってるってことだろ?
 なあ羊。

 羊はすやすや眠っている。
 いつもこうだ。俺が起きているとき羊は眠っている。俺が眠っているとき羊はたぶん起きている、いや、眠っている間のことなんてわからないから、羊も寝ているのかもしれない。

 わからないけれど。

 この羊が鬱陶しいと思ったことが何度もあった。羊さえいなければと思ったことも何度もあった。
 けれど羊はいなくならなかったし、羊がここにいるという現実も変えられないし、そうなると俺にできることというのはやはり、受け入れることしかないのだ。
 ■■を受け入れろというのはそこにいる者にとって絶望であるし、恵まれている者からの無理解な一言でしかない。のもわかっている。
 しかしながら俺は自分にそれを受け入れろとしか言うことができなかった。そうやって生きてきたし、今もそうやって生きている。
 受け入れるしかないのか。到底受け入れられないことでも?

 俺みたいに羊なんかのことじゃなければ、戦った方がいい。そうしないと、死んでしまうから。
 戦って死ぬことと受け入れて死ぬことのどちらがより良いか?
 これは確実に人による。
 この国に住む人々の多くはおそらく、受け入れて死ぬ方が良いと言うだろう。
 俺もおそらくそうするだろう。だが、他人はともかく俺のそれは。美学や何やの話ではなく、俺の保身から……臆病さ、勇気のなさから来るものなのだ。
 どちらがましかなんて話ではない。どちらも嫌だし俺は死にたくはない。
 なあ羊。

 ……羊は寝ている。

 ずっと羊に悩まされてきた。夢の中ですら羊に悩まされている。
 現実で寝ることは夢の中で起きることで、夢の中で意識が落ちることは現実で起きることだ。
 厳密に言うと少し違うのだが、簡単に言うとそうなる。
 つまり、俺が寝ることは羊が起きることで、俺が起きることは羊が寝ることなのだ。
 羊は俺の夢なのか?

 夢だというならもっとましな夢を与えてほしかった。
 俺はずっと一人で、一人じゃないのに一人で、そのことに必死で、ずっとその上には上がれない。
 承認なんて手の届かない代物だ。ましてや夢なんて。
 寝ているときに見ている夢と将来の夢は違う。
 重々わかっているのにこんなところで詭弁を回すしかないのは俺の■■が悪いからなのだろうか。
 わからない。
 わからないし、こんなことを言っていても無駄なのだ。結局は逃避でしかないのをわかっている。
 何もかもが無駄なのだ。
 なんて思想は虚無思想になってしまうのでよくない。君たちは信じないように。
 君たちには信じて欲しくないが、俺自身はそれを信じなければ生きていけない。
 何もかもが無駄になる生き方をしてきたからかもしれない。断定はできない、なぜならそれを言われたことがないので。
 言われたことがないことは真実かどうかわからない。そうだろ? 君も知っているだろう。
 君がそれを言ったのだから。

 羊が眠そうにしている。そろそろ起きる時間なのだろう。
 俺はこの辺りで失礼する。何も言えなかったけれど。
 でも、それでいいんだ。臆病者は何も言えやしない。自身が臆病であることを呪って、しかし最後には受け入れて、そうして死んでいく。
 せめて羊が起きている間に世界が終わってくれればいい。
 けれど羊が一人で死ぬのは可哀想なので、どちらもうとうとしているときに終わってくれればいい。

 それだけだ。
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