短編小説(2庫目)

 森を作っていた。その間に世界は滅び、全てが敵になっていた。
 外に出ては食べられかけて、危うく食料を採取しては家に返る、そういう生活。
 家に着くと森が待っていて、お帰りなさい、外は危険でしたよね、何も信じてはいけませんよ、と言う。
 森は俺が作った森であり、すなわち俺の子供のようなものなのに、まるで立場が逆であるような物言いをする。
 別に文句があるわけじゃない、老いては子に従えと言うし、俺もそこまで老いてはいないが体力的な衰えを感じる年齢にもなってきているし、作った森が俺をそのように扱ってきても何も言うべきじゃない。
 そもそも森は人間の上位存在であるので言うことは絶対正しいに決まっているのだし。

 今日も外に出て、採取して返ってくる。
 森は食事が必要ないようで、太陽光だけで生きている。
 エコなのだ。
 本当にそうなのかはわからない。森も俺に隠れて外に出ているのかもしれないし、何か食べているのかもしれないが、見えないものは観測しようがないのだからわからない。

 森は俺にたまに食べ物をくれる。
 どこから取ってきたのかはわからない。だが、俺の食料が足りないときだけ、困っているでしょう、食べなさい、と言って出してくる。
 俺にはそれがよくわからないのだ。
 しかしおそらくそれも疑問を抱いてはいけないことになっていると思うので、考えないことにしている。
 森は森であり、森の言うことは絶対であり、完全に正しく、間違いはなく、ゆえに逆らってはいけないのだ。
 そうだ、老いては子に従え。
 決まっている。

 従え。
 従え。
 従え。



 長い長い日々が続いた。気が遠くなるような時が流れた、それでも俺が生きているということはそれは人間の寿命の範疇なのだろう。そうしてそれは森の寿命の範疇でもあった。
 何の変わりもない日々がずっと続いたあと。
 ある日、俺が採取を済ませて外から帰ってくると、森が枯れていた。

「……森」

 返事はない。
 枯れているのだ。

 俺は、ああそうか、と思った。
 森は人工的に生み出されたもの。その寿命は長くない。
 いつかこういう日が来ることはわかっていた。

 森は死んだ。

 俺は森の死骸を裏山に埋めた。
 昼の日差しがさしていて、枯れた森からはかさかさという音がした。

 埋め終わって、額の汗を拭う。
 もう随分と長い間、自分に身体感覚があるということすら忘れていた。
 上位存在がいなくなったあとの下位存在はいったい何を思うのだろうか?

 よくわからなかったし、わかるつもりもなかった。
 それから俺は荷物を持って家を出た。
 世界が真に敵だったかどうかは──俺のみぞ知る。
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