短編小説(2庫目)

「いったいどこに行ってしまったのか」
 そう言って、白衣を着た男は頭を抱えた。
『どこにも行くはずがない、俺はここにいるのに』
「ずっと前から姿が見えない、それは君が■■でしまったからなのかな」
 白衣の男は部屋の中をぐるぐると歩き回る。
『ここにいるのにお前には見えない、それはお前の■■■によるものなのか』
「わかっているんだ、君をそうしたのは自分だということぐらい」
 暗い部屋、白衣の男の瞳だけが青く光っている。
「どこに行ってしまったか、なんて問いはナンセンスで、本当は僕は君を■らなければいけないんだ。わかっているんだ。けれどもそれができないんだ」
『■■■ものは戻らない、俺はここにいる。目を向けさえすれば会えるというのに』
「■■の声がする。耳を傾けてはいけないんだ、それは幻覚だから」
 白衣の男は研究室の窓を確認する。
 窓は目張りされていて、板が何重にも打ち付けられている。
「ああ、本当に君はどこに行ってしまったのだろう。僕は無能だからわからないんだ、君がどこに行ったのか」
『俺という非現実は見るくせに、お前自身の現実と夢はぐちゃぐちゃに混ざってしまっている。それでいて俺を否定しようとするからお前の精神は混濁しているんだろう』
「認めてはいけない。認めた瞬間、それは消えてしまう……存在させようとする限り、認識してはいけない、不確かになるから……」
『お笑い草だな。俺はここにいるじゃないか』
「何もわからない……わからないことにしている。そうだよ、君はもうどこにもいないんだから……そうだろう」
『…………』
 男はカーテンを引く。板に引っかかってカーテンはなかなか閉まらない。
「立て付けが悪いんだ、この窓は。いや、カーテンか。どうしてかな、僕にはわからないのさ。無能だから」
『………』
「真実など誰も教えてはくれないんだ。それはそうで、真実なんてきっと僕には必要ないからなんだよ。だから誰も真実を言わないんだ」
『真実は誰も知らない。知らないことは教えようがない。知っているのはお前と俺と、遠くに去ったあいつだけ』
「必要のないものはなくなってもいいんだ。だから僕はずっと君を探すんだ、だから……」
 カーテンレールがぎしりという音をたてる。
「カーテンを壊してはいけないね。費用がかさんでしまう」
 男はカーテンからぱ、と手を離し、口角を上げた。
 顔に表情は無く、口角だけが歪に上がっている。
「わからないね、わからないのさ。だからいいのさ……君を探しても」
『…………』
 男はまた頭を抱える。
「やっぱりわからない」
 閉じられた目。
「こうやって苦しむことが、君が僕に課した■■なのかな」
 部屋は暗いまま、
 男は一人だった。
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