短編小説(2庫目)

 先生は自分勝手な人だった。
 自分勝手に自由に振る舞って、自分勝手に俺に優しくして、自分勝手に俺じゃない誰かを好きになって、自分勝手に死んでしまった。

 俺はずっと先生のことを探していた。
 先生が死んだことは悲しくはなかった。先生を庭に埋めたのは俺だが、涙なんて一滴も出なかったし、むしろ解放されたという気持ちの方が強かった。
 きっと俺は先生のことなんて嫌いになっていたのだろうと思った。それなら俺が先生を■■たのも正当だし、嫌いな奴には■■■ほしいと言うじゃないか。
 それなら。
 正しかった。

 それでも先生を探したのは、どこかにいるような気がしていたから。
 俺は先生が嫌いだったが、見つけ出して文句の一つでも言ってやらないと気が済まない、そう思って、探した。
 先生を探した。
 勝手に生きて勝手に俺を振り回して勝手に死んだなんて信じたくなかった。
 どこかで生きているのだと思った。

 ■■年が経過して、俺は廃屋になった先生の家の庭を掘った。
 しかしそこには何もなく、やっぱり先生は生きているのだと、先生を埋めたなんていうのはきっと俺の夢だったのだと、
 そう思った。
 だから俺は先生を探そうとした。
 そして振り返った、
 廃屋の縁側に、■■が立っていた。

「もうやめてください、某くん」

 俺は、どうしてですか、と返す。

「私はもうこの世にはいないのです」

「そんなはずはありません。先生は生きている」

「某くん。夢を見てばかりではいけないと言ったのはあなたでしょうに」

「先生、今日だってほら、先生に贈るための西洋菓子を買ってきたのです。先生……」

「某くん、今は■暦何年ですか?」

「今は……」

 頭が痛い。

「思い出してください、私たちが生きていたころにそんな文化はなかった」

 私「たち」?

「某くん、あの頃の人々はもうこの世にはいないのですよ。みんな死んでしまった」

「そんなはずはない」

「某くん、それならこの家の中を見てください。本当は見せたくはなかったが」

 ふっと■■が消える。

「先生……?」

 俺はふらふらと、廃屋に足を踏み入れる。

 先生はいるはずなんだ。この家に住んでいるはずなんだ。……それにしてもこの家、随分長く手入れされていないみたいだ、崩れかかっている。

 その、煤けた居間にあるものは?

 わからない。ナイフが落ちている。

「先生。……見えないんですよ」

「……」

「俺には見えない、わからない。だから、先生は生きているし、俺もまだ生きているんです。死んだのはあいつだけ」

「………」

「先生。どうして答えてくださらないんですか。先生」

「…………」

「先生!」

 風が吹く。
 廃屋がぎしぎしときしむ。

 返事はない。

 それならやはり、先生はこの家にはいらっしゃらないのだ。
 どこか他のところで生きていて、俺を探しているに違いない。
 先生は……
 俺は?

 わからなくても探すほかはなかった、そうだ、俺は先生が嫌いで、文句を言おうと思って。
 言いそびれてしまった。

 庭に掘った穴に、西洋菓子を埋めて。

 俺はまた、そこを出たのだ。
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