短編小説(2庫目)

 遠くに行って帰ってこなかった友人がいる。
 だが友人の方からすると、遠くに行ったのはきっと俺の方であるのだ。

「ちわー、ブツ取りにきやした」
「ブツという呼び方はやめろと言っているだろう」
 店主が顔だけこちらに向けて俺を叱る。
「すいやせん。で、ブツは?」
 俺は片手をひら、と肩の高さまで上げて店主に訊いた。
「チョコレートならそこに積んである。持って行け」
「ありがとうございやーす」
 ぺこ、と頭を下げる俺。
「その喋り方をやめろってのも何度も言っていると思うがな」
「はあ」
「困りますみたいな声出すのもやめろ」
「いやこんな陽気だと落ち込んじまうんですよね俺も」
「何を言っている。快晴だろうが」
「俺はこんな日にね……」
「こんな日に?」
「旅立ったんだなって」
「また異世界の話か? もう10年も経つんだ、いい加減忘れたらどうだ」
「簡単に忘れるってのも難しい……何せ故郷の話ですからねえ」
「はあ……俺はお前の異世界がどうのという話、未だに信じがたいんだが」
「その割には毎回律儀に聞いてくださいますよねえ~。他の奴ははなから信じやしないのに」
「暇だからな」
「またまた、照れちゃって」
「照れてはいない」
「そうですかあ」
「早く荷物を持って行け。城に届けるのだろう」
「ですねえ……でーすーが、」
「ですが?」
「店主さんのところでゆっくりしてこいとも言われてるんでねえ……」
「また勇者の差し金か」
「勇者じゃないです~協会長です~」
「呼び名が違うだけで同じだろうが」
「店主さん、呼び名は大事ですよ」
「お前がいた世界じゃそうだったんだろうが……」
「俺の名前知ってます?」
「お前は売り子だろうが」
「俺の本当の名前は……」
「いい、聞く気がない」
「冷たい!」
 俺は両手を胸の前で合わせて店主を見る。
「ちょっと聞いてくれてもいいじゃないですかあ!」
「お前のそれはちょっとじゃすまない重さなんだよ。帰れ」
「帰りませーん」
「か・え・れ」
「嫌です」
「じゃあ勝手に喋ってろ。俺は聞かない」
「あ、いいんですね? 店主さんったら親切!」



 俺が話している間、店主は俺の方を1ミリたりとも見なかった。
「でも聞いてくれてるんですよね! 売り子、知ってます!」
「聞いてないぞ」
「話の内容覚えてるんでしょ?」
「お前が異世界からこちらに召喚されて、大事な友を向こうに置いてきてしまったという話だろう」
「聞いてたんじゃないですか!」
「何度も言うから聞かなくてもわかる」
「なんだかんだ言って店主さん優しいですね~」
「はあ?」
 店主は心底嫌そうな声を出す。
「ふふふ……」
 俺はにこ、と笑う。
「気は済んだか? 済んだならもう帰れ」
「帰りますよ。聞いてくれてありがとうございます」
「そうだ、お前昼飯は食ったのか」
「……」
「食ってないなら食っていけ。食卓に余り物のパンがある」
 店主はエプロンを外し、隣の部屋に歩いていく。
「わー優しい!」
 俺はその後をてくてくとついて行く。
「倒れられたら困るからな……それに、勇者からお前をよろしくと頼まれている」
「協会長も過保護ですねえ……」
「よろしくと頼まれはしたが別によろしくするつもりはない」
 ポットに茶葉を入れながら、店主。
「ここまで面倒見ておきながら?」
「気まぐれだ」
「ありがとうございます!」
 その時店主が初めて俺の方を見る。
「死ぬなよ」
「………」
 俺は口角を上げる。
「俺を優しいだのなんだの言うならその恩に報いろ。お前は死ぬな、それが恩返しだ」
「はー……やっぱ」
「……」
「優しいですねえ、店主さんは」

 快晴の日だった。
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