蛇を積む
寮の食堂にはロボットがいる。
社会がまだ人間のものだった時代に作られたというヒト型ロボットだ。
『こんばんは! お帰りですか?』
「ええ、今帰りました」
『今日の献立は麻婆豆腐です』
ロボットが献立を載せたトレーを差し出してくるので、受け取る。
「ありがとうございます」
『とんでもございません! たくさん食べてもっと蛇のために働いてくださいね』
このロボットは作られた時からそのままというわけではなくどうもプログラムをいじられたようで、随所随所に蛇のためにだとか蛇のおかげですとかそういう単語を挟んでくる。
がらんとした食堂にはテーブルがいくつも並んでいる。
将来的に人間を何人か入れることを考えてのことだろうが今は静けさに包まれている。
広すぎるのだ。と思う。
だがそんなことはどうでもいいし、さっさと食べて寝る準備をして寝てしまおう。
麻婆豆腐を口に運ぶ。
味はよくわからなかった。
◆
夜は基本的に悪夢ばかり見る。
スラム街にいた頃の夢。
人間たちから仲間はずれにされて、あいつは失敗作だとかできそこないだとか言われる夢。
それを誰かが遠くから見ている、誰だったのかはわからないし、俺自身だったのかもしれない。
社会の底辺にいる人間という生き物ののさらに失敗作でできそこない、それはいったいどんなひどい存在なのだろうか?
……いずれにせよ、逃げることはできなかった。
夢の中でそれを夢だと悟ることはできない。
俺はただただ魘されて、すみませんだとかごめんなさいだとかわざとじゃないんですだとか言うだけで。
◆
『俺は蛇に魂を売った』
『そ、うか……おめでとう』
◆
朝。
食堂。
『おはようございます! 今日の朝食はトーストとハムエッグです』
「ありがとうございます」
『いえいえ。人間さんもいつまでも一人だと寂しいでしょう。早く新しい人が来るといいですねえ』
「はは……」
俺はトレーを受け取り、テーブルに座って朝食を食べた。
やはり味はよくわからない。
おいしいのだとは思うのだが、これをおいしいと呼ぶのかどうかわからないのだ。
蛇に魂を売った身でありながら何かをおいしいと感じていいのかどうかもよくわからなかったし、たぶんこれでいいのだと思う。
新しい人間が来る話は一向にないし、一生一人のままここで終わるのも悪くはないと思う。
どうでもいいんだ。何もかも。
こんな世の中に生まれた人間の人生なんて、始まる前に終わっているようなものだし、だからいい。
自分が本当は何に耐えられないのかなんてことは考えてもどうにもならないし、押し潰して見ないふりをするしかないし、そうしなければ壊れてしまう。
きっとこの社会に生きる人間たちは皆、そうしているのだ。スラム街にいる人間たちもそう。本当の気持ちを押し潰して、見ないふりして生きている。
それができなかった奴から壊れてゆく。
いなくなってゆく。
「……ごちそうさまでした」
『いいえ! いってらっしゃい! 今日も蛇のために頑張ってくださいね!』
「……はい。いってきます」
今日も空は晴れている。
社会がまだ人間のものだった時代に作られたというヒト型ロボットだ。
『こんばんは! お帰りですか?』
「ええ、今帰りました」
『今日の献立は麻婆豆腐です』
ロボットが献立を載せたトレーを差し出してくるので、受け取る。
「ありがとうございます」
『とんでもございません! たくさん食べてもっと蛇のために働いてくださいね』
このロボットは作られた時からそのままというわけではなくどうもプログラムをいじられたようで、随所随所に蛇のためにだとか蛇のおかげですとかそういう単語を挟んでくる。
がらんとした食堂にはテーブルがいくつも並んでいる。
将来的に人間を何人か入れることを考えてのことだろうが今は静けさに包まれている。
広すぎるのだ。と思う。
だがそんなことはどうでもいいし、さっさと食べて寝る準備をして寝てしまおう。
麻婆豆腐を口に運ぶ。
味はよくわからなかった。
◆
夜は基本的に悪夢ばかり見る。
スラム街にいた頃の夢。
人間たちから仲間はずれにされて、あいつは失敗作だとかできそこないだとか言われる夢。
それを誰かが遠くから見ている、誰だったのかはわからないし、俺自身だったのかもしれない。
社会の底辺にいる人間という生き物ののさらに失敗作でできそこない、それはいったいどんなひどい存在なのだろうか?
……いずれにせよ、逃げることはできなかった。
夢の中でそれを夢だと悟ることはできない。
俺はただただ魘されて、すみませんだとかごめんなさいだとかわざとじゃないんですだとか言うだけで。
◆
『俺は蛇に魂を売った』
『そ、うか……おめでとう』
◆
朝。
食堂。
『おはようございます! 今日の朝食はトーストとハムエッグです』
「ありがとうございます」
『いえいえ。人間さんもいつまでも一人だと寂しいでしょう。早く新しい人が来るといいですねえ』
「はは……」
俺はトレーを受け取り、テーブルに座って朝食を食べた。
やはり味はよくわからない。
おいしいのだとは思うのだが、これをおいしいと呼ぶのかどうかわからないのだ。
蛇に魂を売った身でありながら何かをおいしいと感じていいのかどうかもよくわからなかったし、たぶんこれでいいのだと思う。
新しい人間が来る話は一向にないし、一生一人のままここで終わるのも悪くはないと思う。
どうでもいいんだ。何もかも。
こんな世の中に生まれた人間の人生なんて、始まる前に終わっているようなものだし、だからいい。
自分が本当は何に耐えられないのかなんてことは考えてもどうにもならないし、押し潰して見ないふりをするしかないし、そうしなければ壊れてしまう。
きっとこの社会に生きる人間たちは皆、そうしているのだ。スラム街にいる人間たちもそう。本当の気持ちを押し潰して、見ないふりして生きている。
それができなかった奴から壊れてゆく。
いなくなってゆく。
「……ごちそうさまでした」
『いいえ! いってらっしゃい! 今日も蛇のために頑張ってくださいね!』
「……はい。いってきます」
今日も空は晴れている。