蛇を積む
家。
は、会社の建物を出て少し歩いた社の敷地の外れにある。
人間用の寮だ。
部屋はいくつもあるがここには俺一人しか住んでおらず、がらんとしている。
いずれ他の人間も入れる予定だからね、と上司は言うが、一向に他の人間が来る様子はない。
まあ他の人間に来られてもうまくコミュニケーションを取る自信がないのでどちらかというと来ない方が俺はいいんだが。
光彩認証で鍵を開けて入ると、静けさが俺を迎える。
玄関に並んだいくつもある靴箱の中から自分のルームナンバーが書かれた靴箱を開けて、靴を入れてスリッパを出す。
人間用の白いスリッパ。
ここで使う備品は全て社が用意してくれた。
俺が持ち込んだものといえば、昔もらった透き通った石ぐらい。
思い出せないほど昔、友人だったスラムの人間からもらったものだ。きらきら光って綺麗だからという理由だけで小瓶に入れて置いている。
友人は俺に良くしてくれたが、俺の方は特に友情などは感じていなかった。
廊下をぺたぺた歩きながら考える。
蛇のところに行く、と言ったとき、あの友人は笑っているんだか泣いているんだかよくわからないような顔で「おめでとう」と言ったっけ。
思い出すつもりもなかったのにどうして今頃思い出しているのだろうか。
部屋。
外用の装備を脱いで、ハンガーにかけてベッドに身体を投げ出す。
ベッドサイドのテーブルに、例の石が入った小瓶がある。
「大事なものなら置いておきたまえ」
と上司は言った。
最低限の人権? は配慮してくれるということか。それとも、飼い慣らすための策かもしれない。
どちらにしても……どちらにしても、どうでもよかった。
殊更大切というわけでもないし、捨てろと言われれば、少し残念には思うが捨てられる。
その程度のもの。
ポケットから携帯端末を出し、サイレントモードを切ってSNSに接続する。
『仕事終わり、帰宅』
それだけ書いて、送信。
ぽつぽつと反応が来て、端末が震える。
蛇に魂を売った人間だけに許されたSNS。
蛇社会で生きる人間たちはそこを利用することで人としての孤独を癒している……のかどうかはわからない。
俺は惰性で使っている。
『今日もお疲れ』
ありがとう、と返す。
タイムラインには疲れた、だとか、明日も頑張る、だとか、そういった言葉がずらずらと並んでいる。
そんな中、数時間前に発信されたと思しき『もう駄目かもしれない』という言葉が目に入った。
発言主は蛇に魂を売って間もない新人で、不適応を起こしかけているのか最近弱気の発言が増えていた。
他の人間たちは駄目じゃないよだとかもう少し頑張れば慣れるよだとかメッセージを送っているが、発言主は何も返していない。
「………」
目を閉じて、開ける。
たぶん、明日にはこの発言主は消えている。
そんな予感がする。
蛇に魂を売ったはいいが不適応を起こして消えていく人間はたくさんいる。
劣悪なスラムの環境から蛇社会への参入は環境変化が激しく、加えて周囲に同類――つまり人間――が一人もいなくなるので必然的に孤独になる。
俺は穏健派の上司に恵まれたが、他の人間もそうなるとは限らない。
人間嫌いの上司がついたりしたら、それはまあ病むだろう。
だが不適応を起こした人間を見ても他人事として処理するしかない。
蛇に魂を売った人間にオフライン上での徒党の自由はなく、お互い会うことはできないし、助けに行くこともできない。
まあ、助けられたとしても助ける気なんてないのだが。他人だし。
と己を麻痺させることしか生き抜く方法はない。
スラムに居続けても同じだ。「この生活でいいのだ」と己を麻痺させるか、偽物の希望を信じて反蛇活動をするか、生活を良くするべく同胞を裏切って蛇に魂を売るか。
それしかない。
だからいいんだ、俺は。これで。
端末をサイレントにして充電器に繋ぎ、食堂に向かうべく部屋を出た。
は、会社の建物を出て少し歩いた社の敷地の外れにある。
人間用の寮だ。
部屋はいくつもあるがここには俺一人しか住んでおらず、がらんとしている。
いずれ他の人間も入れる予定だからね、と上司は言うが、一向に他の人間が来る様子はない。
まあ他の人間に来られてもうまくコミュニケーションを取る自信がないのでどちらかというと来ない方が俺はいいんだが。
光彩認証で鍵を開けて入ると、静けさが俺を迎える。
玄関に並んだいくつもある靴箱の中から自分のルームナンバーが書かれた靴箱を開けて、靴を入れてスリッパを出す。
人間用の白いスリッパ。
ここで使う備品は全て社が用意してくれた。
俺が持ち込んだものといえば、昔もらった透き通った石ぐらい。
思い出せないほど昔、友人だったスラムの人間からもらったものだ。きらきら光って綺麗だからという理由だけで小瓶に入れて置いている。
友人は俺に良くしてくれたが、俺の方は特に友情などは感じていなかった。
廊下をぺたぺた歩きながら考える。
蛇のところに行く、と言ったとき、あの友人は笑っているんだか泣いているんだかよくわからないような顔で「おめでとう」と言ったっけ。
思い出すつもりもなかったのにどうして今頃思い出しているのだろうか。
部屋。
外用の装備を脱いで、ハンガーにかけてベッドに身体を投げ出す。
ベッドサイドのテーブルに、例の石が入った小瓶がある。
「大事なものなら置いておきたまえ」
と上司は言った。
最低限の人権? は配慮してくれるということか。それとも、飼い慣らすための策かもしれない。
どちらにしても……どちらにしても、どうでもよかった。
殊更大切というわけでもないし、捨てろと言われれば、少し残念には思うが捨てられる。
その程度のもの。
ポケットから携帯端末を出し、サイレントモードを切ってSNSに接続する。
『仕事終わり、帰宅』
それだけ書いて、送信。
ぽつぽつと反応が来て、端末が震える。
蛇に魂を売った人間だけに許されたSNS。
蛇社会で生きる人間たちはそこを利用することで人としての孤独を癒している……のかどうかはわからない。
俺は惰性で使っている。
『今日もお疲れ』
ありがとう、と返す。
タイムラインには疲れた、だとか、明日も頑張る、だとか、そういった言葉がずらずらと並んでいる。
そんな中、数時間前に発信されたと思しき『もう駄目かもしれない』という言葉が目に入った。
発言主は蛇に魂を売って間もない新人で、不適応を起こしかけているのか最近弱気の発言が増えていた。
他の人間たちは駄目じゃないよだとかもう少し頑張れば慣れるよだとかメッセージを送っているが、発言主は何も返していない。
「………」
目を閉じて、開ける。
たぶん、明日にはこの発言主は消えている。
そんな予感がする。
蛇に魂を売ったはいいが不適応を起こして消えていく人間はたくさんいる。
劣悪なスラムの環境から蛇社会への参入は環境変化が激しく、加えて周囲に同類――つまり人間――が一人もいなくなるので必然的に孤独になる。
俺は穏健派の上司に恵まれたが、他の人間もそうなるとは限らない。
人間嫌いの上司がついたりしたら、それはまあ病むだろう。
だが不適応を起こした人間を見ても他人事として処理するしかない。
蛇に魂を売った人間にオフライン上での徒党の自由はなく、お互い会うことはできないし、助けに行くこともできない。
まあ、助けられたとしても助ける気なんてないのだが。他人だし。
と己を麻痺させることしか生き抜く方法はない。
スラムに居続けても同じだ。「この生活でいいのだ」と己を麻痺させるか、偽物の希望を信じて反蛇活動をするか、生活を良くするべく同胞を裏切って蛇に魂を売るか。
それしかない。
だからいいんだ、俺は。これで。
端末をサイレントにして充電器に繋ぎ、食堂に向かうべく部屋を出た。