短編小説(2庫目)

 見失っている。
 新年から、それを。
 何を見失ったかは知らない。蛇とか蟹とかそういうものかもしれない。
 何もかも過去になってしまって、文化的にそういう区切りなのだから仕方がないのはわかっちゃいるが、日が変わっただけでさあ終わりです新しく始めましょう、なんて言われても困ってしまう。
 なんて考えるのは俺の性格が幼いからだろうか。大人になりきれていない? 知るか。言っとけ。
 あいつが愛想を尽かして去ってしまったのも案外そこに起因しているのかもしれない。

 あいつがいなくなって、一人になって、俺は今度こそ部屋から出られなくなった。
 いつまでも一人で、減ってゆく預金を通帳アプリで眺めながら布団に潜るだけ。
 春も、夏も、秋も、冬も、ずっとそう。
 何年も何十年もそうしている。
 いつの間にかこんなに時間が経ってしまっていて、俺一人、世界の変化に取り残されていた。
 どうでもいい、と思いたくても俺は歳を取っていて、周りも歳を取っていて、もう取り返しがつかないのだ。
 ここで引き返せばなんとかなるかもしれない、と思ってもそんな気力などなくただずるずると現状を引き延ばすだけ。毎日毎晩毎週毎月毎年そう。
 終わっているのだ。
 部屋の中の半透明の化け物はずっと俺を見ていて、お前が「できない」からこうなったのだと責める。
 できないのはわかってる。そんなことはもうどうでもいい。
 困るのは身体が自由にならないこと。どうやっても俺は囚われている。
 ずっとずっと羊に足を引っ張られて、ずっと。
 ■は助けてはくれなかった。
 あいつがいたら、なんて思うがそんなことは夢でしかない。毎晩夢を見る、あいつが去ってしまった夜の夢。
 愛想を尽かされた日の、次の朝の、しらじらした朝日の色。
 だから朝は嫌いなんだ。

 和解できる気もしない。あいつとも、自分の人生とも、羊とも。
 ずっとずっと終わりのまま進むなら、本当の終わりとはいったいどこにあるのだろうか?
 わからないから今日も終わりのまま。
 ■は戻らない。
 夜が更けていた。
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