蛇を積む
「お疲れさま」
声をかけられて、顔を上げる。
「……シュレーディングさん」
「業務終了時間だよ」
「……ありがとうございます」
「集中していたようだね。よきかなよきかな」
「はい」
「この調子で明日も頑張ってくれたまえ」
「はい……頑張ります」
上司はにこにこと笑って俺の方を見ている。
さっさと帰れということだろう。
俺は部屋の隅に一つあるロッカーを開け、貴重品の入った小物入れを見に着け、コートを羽織ってマフラーを巻き付け、その間も上司はにこにこと俺を見ていた。
「準備できました」
「じゃ、行こうか」
上司はいつも会社の出口まで俺を送っていってくれる。
おそらく蛇権派の上司の親切なのだろう。たぶん。
本当にそうなのかどうかはわからないが。
ともあれ俺と上司は連れ立って廊下を歩いた。
上司はいつも俺より帰るのが遅いので、本当に「送っていくだけ」になる。
自分の仕事もあるだろうに、面倒をかけているなと思う。
ここで申し訳なさに自分を責めたりするのは間違っていると思うので、それはしない。
表向きの態度はともかく、人間が蛇に対して心の中でとる態度は慎重に取捨選択していく必要がある。
いちいちすまないだとかありがたいだとか申し訳ないだとか本気で思っていたら行きつく先は死しかない。なぜなら、今の蛇社会が人間側に求めているものはおそらく存在の完全なる抹消だからだ。
それを真に受けて「正しい人間」になろうとすると、正しくあるためには死ぬしかなくなる。
ゆえに、心を殺して半分適当に聞き流すぐらいがちょうどいいのだ。
そう思う。
上司はにこにこ笑いながら滑るように廊下を進んでいる。
「どうだったかね、今日の仕事は」
「はい、今日も有意義でした」
全く思ってもいない回答を返すが、まあこのくらいは許されるだろう。
「それは何より。人間が有意義に働いてくれることは蛇社会の向上に繋がるからね。やはり今の時代は多様性が重視されるから、君のような人間がいてくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「他の人間たちももっと君のように蛇社会に参加してきてほしいものだね。それこそがSDGs実現の道だよ」
「そうですね」
適当に会話を振られて適当に返しているうちに、ロビーに着いた。
「今日も一日お疲れさま。君がいると仕事が進んでありがたいよ。明日も頑張ってね」
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
「うん、お疲れ」
玄関の自動ドアから表に出る。
振り返ると、上司はにこにこしたまま俺を見送っていた。
声をかけられて、顔を上げる。
「……シュレーディングさん」
「業務終了時間だよ」
「……ありがとうございます」
「集中していたようだね。よきかなよきかな」
「はい」
「この調子で明日も頑張ってくれたまえ」
「はい……頑張ります」
上司はにこにこと笑って俺の方を見ている。
さっさと帰れということだろう。
俺は部屋の隅に一つあるロッカーを開け、貴重品の入った小物入れを見に着け、コートを羽織ってマフラーを巻き付け、その間も上司はにこにこと俺を見ていた。
「準備できました」
「じゃ、行こうか」
上司はいつも会社の出口まで俺を送っていってくれる。
おそらく蛇権派の上司の親切なのだろう。たぶん。
本当にそうなのかどうかはわからないが。
ともあれ俺と上司は連れ立って廊下を歩いた。
上司はいつも俺より帰るのが遅いので、本当に「送っていくだけ」になる。
自分の仕事もあるだろうに、面倒をかけているなと思う。
ここで申し訳なさに自分を責めたりするのは間違っていると思うので、それはしない。
表向きの態度はともかく、人間が蛇に対して心の中でとる態度は慎重に取捨選択していく必要がある。
いちいちすまないだとかありがたいだとか申し訳ないだとか本気で思っていたら行きつく先は死しかない。なぜなら、今の蛇社会が人間側に求めているものはおそらく存在の完全なる抹消だからだ。
それを真に受けて「正しい人間」になろうとすると、正しくあるためには死ぬしかなくなる。
ゆえに、心を殺して半分適当に聞き流すぐらいがちょうどいいのだ。
そう思う。
上司はにこにこ笑いながら滑るように廊下を進んでいる。
「どうだったかね、今日の仕事は」
「はい、今日も有意義でした」
全く思ってもいない回答を返すが、まあこのくらいは許されるだろう。
「それは何より。人間が有意義に働いてくれることは蛇社会の向上に繋がるからね。やはり今の時代は多様性が重視されるから、君のような人間がいてくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます」
「他の人間たちももっと君のように蛇社会に参加してきてほしいものだね。それこそがSDGs実現の道だよ」
「そうですね」
適当に会話を振られて適当に返しているうちに、ロビーに着いた。
「今日も一日お疲れさま。君がいると仕事が進んでありがたいよ。明日も頑張ってね」
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
「うん、お疲れ」
玄関の自動ドアから表に出る。
振り返ると、上司はにこにこしたまま俺を見送っていた。