短編小説(2庫目)

 自分が特別でないことに苦しんでいる。

『一般人だったから何だ? そんなことはどうでもいいんだ』
 そう思うし、言われるとも思うのに、苦しみを消すことができない。

 あいつは言った。
 誰でも一般人だと。
 けれども俺はそうは思わなかった。
 置いていくやつと置いていかれるやつ。格差は確実にある。
 それを無視して「みんな同じだ」と言う奴など信用できるはずがない。
 そうやってあいつも俺を置いていったのだから。

 あいつがいなくなってから何となく何もする気が起きず、俺は部屋から出なくなった。
 特にあいつのことが好きだったわけでもなく、むしろ嫌いだったし、いつも正論を吐いてくるあいつが邪魔だとまで思っていた。
 正しい言葉はいつも誰かを抑圧する。それは俺とあいつの関係性でも同じ。
 正しくあろうとする者はその裏で正しくあれない者を踏みつけているのだ。
 ……正しいの定義にもよる?
 あいつならそう言う。
 どうでもいいんだ。

 日が経つほどに思考が幻に飲まれて、世界に自分一人しかいないような気分になる。
 いや、正確には自分とあいつしか、か。
 俺を置いていったあいつの「不在」が、そういうものが存在していて、それは確かに世界に対するあいつの存在の証であると。
 無いことそのものが在ることになる。
 忘れられた瞬間に消えるというのはそういうこと。
 本当は忘れたかった。胸の内の虚ろなんて持ってたって仕方がない。普通に生きる上でそんなものは必要ないし、必要なかったのに持ってしまったからこそ俺は駄目になったのか。
 元々駄目な側の人間だったので、それをあいつがいなくなったせいにするのは卑怯だとわかっていながらも、あいつがいなくなったせいにしないと己の精神が保たないこともわかっていた。
 だから、あいつのせいだ。
 俺がこうなったのも。
 あの日、きらきら輝く正しいあいつが俺の言葉を封じてしまって、封じられたまま俺は置いていかれてしまった。
 そのせい。
 だからこれは正しいことなんだ。
 俺ができる唯一の正しいこと、それは外に出ないことで、正しくない俺が外に出ることは世界の害になる。
 あいつが一番正しかったなら俺は正しくないし、一番正しいあいつがいなくなったんなら立ち位置を失った俺はもう何者にもなれない。
 知っている。

 窓の外、街路樹の葉が落ちる。
 駄目になったんだ。
 何もかも。
 俺には置いていく相手がいないから、そちら側になることもできない。
 本当は憧れていたのかも。
 なんて。
 そんなことはもう、どうでもいいのだけれど。
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