短編小説(2庫目)

 どこに行ったか、という問いは本質的に無意味なのだ。
 それはなくなってしまって二度と還らないのだから。

 還ったという噂も聞いた。少なくとも別世界線のそれは還ったのだろう。無数にいる俺の中の誰かの中にはそれが還った者もいれば、還らなかった者もいる。
 俺はその「還らなかった」方。

 一度失ったものが還るなどということは基本的にファンタジーで、ありえない。覆水盆に返らずという言葉もある。一度失ったものは還ってきたかのように見えても元とは違った別の何かになっているのだ。
 変容。
 それが正しいのだろう。

 その証拠に俺の元にやってきた何かも半透明で透き通っていて、およそ「それ」とは思えないものになっていた。
 これは「還ってきた」とは言わない。別の何かであるか、元のものから変容した何かであるのだろう。
 だから俺は「還らなかった」方。
 これだけでも相当ファンタジーだと思う。現実では代わりの何かすら還ってこないことの方が多いからだ。
 失われたものは還らない。
 そんな常識さえ守れない「何か」など、穴の底に落ちてしまえばいいのだ。
 そう。
 思っているのに。
 窓の外からそれは呼ぶ。
 お前は■を■したと。

 わからない。
 何が正しかったのかなど。
 変えられない過去に対してそんなことを考える時点でもう「間違っている」のだ。何かが狂ってしまっている。
 過去を想うなど許されない。未来を希望することもまた、許されない。
 可能性は閉ざされており、俺は「今」から出ることはできない。一歩たりとも、だ。

 結局穴の底に落ちていたのは俺自身で、窓の外から呼んでいるのも俺自身なのだ。
 そうだ、きっとそうにすぎない。
 そんなこともわからないまま俺はあれをもしかしたらそれ自身かもしれないなんて、僅かで愚かで悪しき願望をくるくる回して。
 何が欲しかったのか、■■。そして、■■。
 片方は許され、もう片方は許されない。
 禁じられているのだ。
 倫理的に。
 社会的に。
 それならどうする?

 穴の底、耳を塞いでうずくまる。
 ここには何も届かない。何も来ない。
 だからここは停滞なのだ。
 ずっと止まって、止まったまま朽ちてゆく。
 愚かな■の終着点。

 それはもういない。
 だから、いいんだ。
 これで終わり。
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