探しものは月より

「ふむ」
 保安官が泉を覗き込んでいる。
 どうですか? と売り子。
「特に何も感じはしないな」
「まあ、自己認識に異常が起きてないならそうなりますよ」
「正常なときに泉を覗いても意味がないということか?」
「そうなんじゃないですか?」
「……」
「保安官さん、自分で自己認識を不定にしようとか思ってないですよね?」
「ま、まさか」
「さすがにそこまでいくと自己犠牲が過ぎますよ、やめてください」
「お前に言われる筋合いはない」
「はは。まあそうなんですけどね」
「まあ、さすがにそのアイディアは自分でもナンセンスだとは思っていた」
「そうでしょ」
「ああ。……まあ今日できるのは、色々な角度から泉を覗き込んで見ることぐらいか」
「何ですかその妙なアイディア」
「角度を変えると視点も変わると言うだろう。まずは西だ」
「はいはい、着いていきますよ」



西。
「特に何もないな……」

北。
「うーむ……」

南。
「……これで最後か」
「最後ですね」
「特に変わったことはなかったな……」
「そこ、傾斜が急なんで気をつけてくださ――」
 保安官が足を滑らせる。
 吸い込まれるように泉へと、
「……ッ!」
 『跳躍』する売り子。保安官を掬い上げる。
 そのまま反対側の岸まで『跳んだ』。

「……お前」
「はは」
 跳躍の途中、帽子は泉に落ち。
 露わになるは長い耳。
「幻滅しました? 結局俺がうさぎだったんだって、」
「何を言っている?」
「……?」
「うさぎなどいない。旧時代の遺物、だとあの店主も言っていただろう」
「でも、俺は――」
「お前は俺の『友』だろう。それ以外の何者でもない」
「……保安官さん」
「チッ。つまらんことを言った、忘れろ」
「俺を友達だと認めてくれたんですね!?」
「ば、馬鹿、誰がそう言った!?」
「今自分で言ったじゃないですか!」
「くだらんことを言ってないで帰るぞ!」
「保安官さーん!」
「下ろせ! 離れろ!」



 街外れの詰め所から手配書が一枚減ったという。
「紛失した」
「あーあー焼いちゃって」
「紛失したと言っているだろう」
「……ふふ」
 灰がぱらぱらと舞う。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
「え?」
「とも………いや、なんでもない」
 長い耳でそれを聞いた売り子は嬉しそうに笑った。


(おわり)
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