探しものは月より
「ふむ」
保安官が泉を覗き込んでいる。
どうですか? と売り子。
「特に何も感じはしないな」
「まあ、自己認識に異常が起きてないならそうなりますよ」
「正常なときに泉を覗いても意味がないということか?」
「そうなんじゃないですか?」
「……」
「保安官さん、自分で自己認識を不定にしようとか思ってないですよね?」
「ま、まさか」
「さすがにそこまでいくと自己犠牲が過ぎますよ、やめてください」
「お前に言われる筋合いはない」
「はは。まあそうなんですけどね」
「まあ、さすがにそのアイディアは自分でもナンセンスだとは思っていた」
「そうでしょ」
「ああ。……まあ今日できるのは、色々な角度から泉を覗き込んで見ることぐらいか」
「何ですかその妙なアイディア」
「角度を変えると視点も変わると言うだろう。まずは西だ」
「はいはい、着いていきますよ」
◆
西。
「特に何もないな……」
北。
「うーむ……」
南。
「……これで最後か」
「最後ですね」
「特に変わったことはなかったな……」
「そこ、傾斜が急なんで気をつけてくださ――」
保安官が足を滑らせる。
吸い込まれるように泉へと、
「……ッ!」
『跳躍』する売り子。保安官を掬い上げる。
そのまま反対側の岸まで『跳んだ』。
「……お前」
「はは」
跳躍の途中、帽子は泉に落ち。
露わになるは長い耳。
「幻滅しました? 結局俺がうさぎだったんだって、」
「何を言っている?」
「……?」
「うさぎなどいない。旧時代の遺物、だとあの店主も言っていただろう」
「でも、俺は――」
「お前は俺の『友』だろう。それ以外の何者でもない」
「……保安官さん」
「チッ。つまらんことを言った、忘れろ」
「俺を友達だと認めてくれたんですね!?」
「ば、馬鹿、誰がそう言った!?」
「今自分で言ったじゃないですか!」
「くだらんことを言ってないで帰るぞ!」
「保安官さーん!」
「下ろせ! 離れろ!」
◆
街外れの詰め所から手配書が一枚減ったという。
「紛失した」
「あーあー焼いちゃって」
「紛失したと言っているだろう」
「……ふふ」
灰がぱらぱらと舞う。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
「え?」
「とも………いや、なんでもない」
長い耳でそれを聞いた売り子は嬉しそうに笑った。
(おわり)
保安官が泉を覗き込んでいる。
どうですか? と売り子。
「特に何も感じはしないな」
「まあ、自己認識に異常が起きてないならそうなりますよ」
「正常なときに泉を覗いても意味がないということか?」
「そうなんじゃないですか?」
「……」
「保安官さん、自分で自己認識を不定にしようとか思ってないですよね?」
「ま、まさか」
「さすがにそこまでいくと自己犠牲が過ぎますよ、やめてください」
「お前に言われる筋合いはない」
「はは。まあそうなんですけどね」
「まあ、さすがにそのアイディアは自分でもナンセンスだとは思っていた」
「そうでしょ」
「ああ。……まあ今日できるのは、色々な角度から泉を覗き込んで見ることぐらいか」
「何ですかその妙なアイディア」
「角度を変えると視点も変わると言うだろう。まずは西だ」
「はいはい、着いていきますよ」
◆
西。
「特に何もないな……」
北。
「うーむ……」
南。
「……これで最後か」
「最後ですね」
「特に変わったことはなかったな……」
「そこ、傾斜が急なんで気をつけてくださ――」
保安官が足を滑らせる。
吸い込まれるように泉へと、
「……ッ!」
『跳躍』する売り子。保安官を掬い上げる。
そのまま反対側の岸まで『跳んだ』。
「……お前」
「はは」
跳躍の途中、帽子は泉に落ち。
露わになるは長い耳。
「幻滅しました? 結局俺がうさぎだったんだって、」
「何を言っている?」
「……?」
「うさぎなどいない。旧時代の遺物、だとあの店主も言っていただろう」
「でも、俺は――」
「お前は俺の『友』だろう。それ以外の何者でもない」
「……保安官さん」
「チッ。つまらんことを言った、忘れろ」
「俺を友達だと認めてくれたんですね!?」
「ば、馬鹿、誰がそう言った!?」
「今自分で言ったじゃないですか!」
「くだらんことを言ってないで帰るぞ!」
「保安官さーん!」
「下ろせ! 離れろ!」
◆
街外れの詰め所から手配書が一枚減ったという。
「紛失した」
「あーあー焼いちゃって」
「紛失したと言っているだろう」
「……ふふ」
灰がぱらぱらと舞う。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
「え?」
「とも………いや、なんでもない」
長い耳でそれを聞いた売り子は嬉しそうに笑った。
(おわり)
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