裏側と表側と俺

「己の『裏側』を見る気はあるか?」
 脈絡なく聞いてきた裏側を俺はまじまじと見返してしまう。
 黒ずくめ。銀色の目。長いマント。表情は平坦。まあこいつの表情はいつも平坦なんだけど。
「……己の『裏側』を見る気って、そんなのはない。それに、見られないだろ」
「可能だ」
「いやいやそんな……」
「我は裏側ぞ。裏側は『裏側』を司る、主に主の『裏側』を見せることなど容易い」
「見たくないって……」
「だが主は知りたいのだろう、己のことを」
「別に知りたいわけじゃないぞ……知らないままの方がいいことだってあるだろ」
「だが」
「俺は嫌だよ」
「主」
「……」
 裏側が、俺に手を伸ばした。

 ぐるり。



『――だから』
『あいつは――』
『言ったのに――』
 喧噪。喧噪。
 雨の音。雷の音。嵐の音。
 積もった雪。灰色の空。風の音。
 切っている、切っている。
 何を?
 切っている。
 戻れない。戻っている。戻ってほしい? 帰りたくない。俺は。
『言ったのに――』
『用済みだ、って』


「俺くん!」




 まどろみの中、誰かが言い合いをしている。
「言ったでしょ! 危ないことしないでって!」
「だが表側……」
「だが表側じゃないよぉ裏側ぁ、あまりにも荒療治だよ」
「だが……」
「……表側? 裏側?」
「あっ俺くん、おはよう」
「おはようって、今」
 外を確認する。闇。
「夜っぽいが」
「深夜だね、いつも通り」
「深夜……」
「ほら、裏側くんは何か言うことないの?」
「ない」
「ないの!?」
「あれは必要な行為だった」
「えー。それはないんじゃないの……」
 そうだ、世界がひっくり返って……俺は、裏側?
 己の、『裏側』を……
「俺くん俺くん」
「な、なんだよ」
「大丈夫?」
「平気だって。でもなんかお前に心配されると変な感じだな」
「変って失礼だなあ。っていうか裏側くんほんとさー。これからどうするつもり?」
「……皆で『裏側』に行くのも悪くはないと思っているが」
「えー!? 何それ! 僕たち別に追われてるわけじゃないじゃん!」
「追われてるって?」
「この状態が平常状態じゃん! 天啓もそうだったじゃん! これを続けるってことが『世界』的には何か意味があるんでしょ? だったら下手に動かない方が……」
「下手に動く、というのも『世界』が望んでいるとしたらどうなる」
「え、そっち? うーん……つまり僕たちに自由にやってほしがってるってこと?」
「表側も裏側も俺を置いて話を進めないでくれないか」
「だって俺くんに説明したら厄介なことになりそうなんだもん」
「厄介なこと?」
「俺くんが闇堕ちしてなんかすごい化物になっちゃうとかね」
「俺にそんな力ないだろ。っていうかそんな重要なこと隠してるのかお前たちは」
「いやそこまでではないとは思うよ」
「じゃあ話してくれよ」
「いや実は僕自身にもよくわかってないんだよね。裏側くんは僕より何か知ってるのかもしれないけど」
「そうなのか」
「……」
「裏側くんはこうと決めたら喋らないからなー」
「……」
「えーとつまり? わからないなりにまとめるぞ、つまり、世界とやらは表側と裏側に俺の側にいてほしがっていて、そのことによって世界に何かが起こると期待してるってことか?」
「だいたいあってるのが嫌だねー」
「あってるんだ」
「あってる」
「じゃあ隠す必要なかったじゃないか」
「まあ僕たちにも建前というものがありますからね」
「あーなんか守らないとやばい感じのやつがあるってことか?」
「やばいかもしれない系のやつだよ」
「なるほどね?」
「いやーでもさー。僕、表側くんとしてはこのまま平穏に事が進んでほしいところなんだけど、裏側くんが……」
「……」
「うーん、やっぱり三人で『裏側』に行くのが一番いいのかなあ……」
「迷走してるじゃないか」
「俺くんも一緒に考えて」
「情報をくれよ……」
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